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個人の強烈な主観を読ませてくれるブログが読みたい

今回の記事は、以前内輪のSNSで書いていたものの移植増量版。
そのまま載せるとえらく短いので、ほとんど新しく書き直したくらいに増量してます。

個人の強烈な主観を読ませてくれるブログが読みたい。
特に私のお気に入りは、「不倒城」というブログである。
ブログテーマは、レトロゲーム。その看板に偽りはなく、頻繁にレトロゲーム(たまに最新ゲーム)の記事を書いて、レトロゲーの良さを布教しておられる。
それも大変興味深く読ませていただいているのだが、その中で3回に1回くらい、政治や人生のこと、ブログ論や文章論、子育て論などについて、多種多様なテーマで主張を展開される記事がある。
その記事がまた、非常に面白い。
主張は非常に個人的だったり、主観に則っていたりはする。しかし、そのような部分については必ず「個人的な感覚だが」「私の観測範囲では」「どうでもいい話である」などと断りが入っており、「この人は自分の主観的な部分を客観視できている」と安心して読むことが出来る。
そうでありながら、主張の流れとしてはいつも論理的で一貫しており、ひとつの論説文のようにしっかりと読み応えのある文章である。
しかも、題材のとり方も常に独創的で面白い。

ラピュタには何故自爆コマンドが用意されているのか
「彼女欲しい」という欲求はプロジェクトとして考えると破綻している
「三匹の子豚」のお母さん豚は、何故「力を合わせて家を建てなさい」と言わなかったのか
セックス技術ミーティングの必要性について徹底的に主張してみる。
何故「おいつかれた」ではなく「まわりこまれた」なのか

など、ついクリックして読んでみたくなるタイトルが満載だ。
一方で、かなりためになる主張もある。

ひとり語りは面白いのかどうか、について。
「文章力」とかいう正体不明の存在を身に付けようとする前に
「相手に対する興味」を欠いたまま、「コミュ力」とかいうものを身に着けようとしてもあんまり意味ないんじゃないだろうか
安易な「気付き」には身構えた方がいいよなあ、という話
人は何故、「読むと不快になる文章」をわざわざ読みたがるのか。
人格と創作物を切り離せない人は、SNSで好きな作者さんをフォローしない方がいいかも知れません
学生さんは、何故「自分たちがやってきた学問」について誇れないのだろうか
読書感想文「なんか」と言われてしまう現況は、非常にもったいないと思うんだ
「分かりやすい悪役がいる話には一見で飛びつかない」ルールを皆様導入するべき

この辺などは、もう何回読み返したかわからない。名文である。
これらが名文である理由は、基本的に私の感覚とあっているからだと思う。極端に言えば、同意できるからすなわち名文と言っているのであって、これほど乱暴な褒め方もない。でも、ある意味それが真理なんじゃないか。
「なんか自分の中にあるモヤモヤしたもの」を「初めてすっきりと言語化してもらった」と感じる時、我々はそれを名文だと思うのだろう。
だとすれば、皆が言っているようなことや、誰が聞いても納得できるようなことをどれだけ書いたって、それが誰かにとっての名文になることは少ないはずだ。

「名文」を書くための絶対条件として、
 強烈に個人的な意見を書いている
ことは、外すことができない。
もちろん、それが誰にとっても名文であるはずはない。しかし、少なくとも誰か1人にとっての名文になりうる確率は、非常に高いと思う。
そう考えれば、毎回コメント欄で正反対の反論が出て喧嘩しているくらいがちょうどいい。

私は個人的な主張の書かれたブログというものをもっと読みたい。
そう常日頃から思っている。
今回、何かの巡り会わせで、自分自身がブログを書くこととなった。
ならば、それを自分が書くしかないだろう。
そう誓って始めた次第ではあるが、いまだに読書感想文しか書けていない。
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