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現代ミステリを読もう!②

この記事は「現代ミステリを読もう!①」の続きです。


前回は、現代のミステリが持つ5つの課題を紹介した。
今回はそれに従って、いま流行している様々なミステリのジャンルについて分析していこうと思う。
なお、以下のジャンルの中には以前から作例が存在するものもあるが、あくまで現代ミステリの紹介ということで、作例には最近のミステリをおいていることを許してほしい。


①日常の謎

氷菓 (角川文庫)
氷菓 (角川文庫)
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米澤 穂信
角川書店(角川グループパブリッシング)
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例:「氷菓」「退出ゲーム」

殺人などの重い犯罪を扱わず、日常の中でおこる些細な謎の解決を主軸に置くジャンル。
魅力的な謎、鮮やかな解決があればそれはもうミステリであって、その良し悪しにテーマの重さは関係がない。むしろ、警察の科学捜査などを避け、解決役を特別な権力を持たない一般人に絞ることで、純粋に論理の切れ味を楽しむ事ができる。警察が本気を出せばすぐに暴かれてしまうような「隠れた真相」が用意できるのは現代においてはこのジャンルくらいかもしれない。(⇒キーワード④「警察は無能ではない」)
探偵は、何の変哲もない登場人物の一人として描かれることが多く、その苦悩や成長にスポットが当てられることもある。時には解決に失敗することもあるが、題材が日常であるおかげで、その代償が命のような深刻なものではないのが救い。(⇒キーワード③「探偵は神ではない」)
その点で学園ものや青春ものとの相性も良く、ライトノベルやジュブナイルとの融合を果たしている作品が多い。これらとの融合は思いがけない副次効果を二つも生む。
一つ目は、シリーズの持つ意味を変えたこと。ホームズのような旧来ミステリはしばしばシリーズ化しても「どこから読んでも一緒」「飽きが来る」「シリーズを通読する必要が無い」という出版社的には大きな欠陥を持っていたのだが、ライトノベルやジュブナイル的な構成を取ることによって「ストーリー」という一本の軸を持ち、シリーズを通して読むモチベーションが生まれるのだ。
二つ目は、伏線の張り方がスムーズになること。旧来ミステリでは、どんなに意味のなさそうなシーンやくだらない会話の中にも、基本的には伏線が張ってあり、読者はそれを覚悟して読んでいる。つまり不自然な伏線の張り方は一発でばれてしまう。しかし、ジャンルが半分ライトノベルであれば、ストーリーのために意味のある会話、推理のために意味のある会話、単にキャラを立て読者を楽しませるための意味のない掛け合い、など様々な会話が渾然一体に提供でき、意味のない会話に見せかけて伏線を張る、などの自然な仕込みが可能となる。(⇒キーワード⑤「ミステリは聖域ではない」)
一方で、従来のフェアプレイを破るような新鮮なトリックはやりにくい。半分ミステリでないような日常の謎がそれでもミステリとして認められるのは、軽いテーマの中にもしっかりとミステリとしての構造を持っているからだ。逆に言えば、日常の謎でフェアプレイを大雑把にしてしまうと、ただの一般文芸と変わらなくなる危険がある。(⇒キーワード②「フェアプレイは厳密ではない」)
このジャンルでは、突拍子もないトリックよりはむしろ、単純なトリック、昔から知られているトリックを「日常」という文脈の中で如何にうまく再構成して見せられるかというポイントのほうが重要になるだろう。(⇒キーワード①「トリックは無限ではない」)

②過去の謎

ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち (メディアワークス文庫)
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例:「ビブリア古書堂の事件手帖」「万能鑑定士Qの事件簿」

謎を現在ではなく過去に持ってきたのがこのジャンル。あの時何が起こったのか、あの事件の真相は何だったのか、という視点で謎を展開することにより、普通のミステリとは一風変わった展開を作ることができる。
こちらも問題の深刻さを下げ、警察の介入できる余地を避けている点では日常の謎と同じだが、過去の事件の場合は殺人などの重いテーマを描いてもよいのが大きな特徴である。現在の警察を無能に描くことに比べると、昔の警察の捜査が間違っていた、という展開はそれほど不自然ではないし、本来警察の領域である事件捜査に一般人が首を突っ込むことも、昔の事件ならそれなりに許容されるだろう。(⇒キーワード④「警察は無能ではない」)
日常の謎と同じように、純粋な論理と演繹によって謎を解く展開も醍醐味であるが、このジャンルではさらに、「文献を当たる」「聞き込みをする」といった現実の探偵に近い地味な調査の過程にいかに面白さを作れるかがポイントでもある。この点では、探偵役はある程度の能力と権力を持ち、面倒な調査をするモチベーションに説得力のある人物、つまり何らかの調査を職業としていることが望ましい。プロであることで、探偵の持つ不自然な万能感もある程度カバーできる。(⇒キーワード③「探偵は神ではない」)
したがって、ジャンルとしてはミステリの他に、「職業小説」としての要素も持つことが出来る。筆者の持つ知識を活かして、経営戦略や同業者との絡みなどを入れるものもある。(⇒キーワード⑤「ミステリは聖域ではない」)
トリックは旧来から知られているものを再構成しても良いし、比較的新鮮なものを作ることもできそうだ。なぜなら、文献や人々の知識のみが唯一手がかりになるという特殊な状況では、伏線の張り方や制約条件も普通のミステリとは変わってくるからだ。文献の中でしか使えないトリックなどは研究され尽くしてはいないだろう。本の一部が紛失あるいはバラバラになったという作例だけでも様々な可能性がある。(⇒キーワード①「トリックは無限ではない」)あるいは、後に紹介する叙述トリックという大技も使うことができる。(⇒キーワード②「フェアプレイは厳密ではない」)

③キャラ系ミステリ

探偵ガリレオ (文春文庫)
東野 圭吾
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例:「探偵ガリレオ」「ST 警視庁科学特捜班」

自ら進んで凄惨な事件に首を突っ込み、誰にも見抜けない驚愕の真相を毎回論理の力で導き出す「探偵役」なんて存在はおかしい、よほどの奇人変人しか有り得ないという違和感を逆手に取り、本当に「よほどの奇人変人」を探偵役に据えてしまうミステリ。(⇒キーワード③「探偵は神ではない」)
ホームズやポアロなどの旧来ミステリが持っていたいわゆる「探偵萌え」を最も忠実に継承していることも特徴。一般文芸などでたびたびブームになる「理系萌え」などの要素を取り入れ、さらに魅力を増している。(⇒キーワード⑤「ミステリは聖域ではない」)
このジャンルの作品は警察が協力する、あるいは探偵役がそもそも警察であるタイプが多い。これも旧来ミステリの文脈を忠実に継承しているためだと思われる。となれば当然警察の捜査能力がポイントとなる。(⇒キーワード④「警察は無能ではない」)警察が総力を挙げてもある程度見抜かれない、かつ探偵役には見抜けるトリックということで、薬品や専門機器などを使用した科学トリックが用いられることが多い。これは「奇人変人である探偵」との相性も良いだけでなく、現代になって研究された新薬品・新理論を使うことでトリックの有限性を突破している。(⇒キーワード①「トリックは無限ではない」)
しかし、別の視点ではこれらのトリックは十戒の4番未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない)を破っているので、ミステリとしては認めない者もいるだろう。しかし他の十戒が次々と破られている今、4番だけが守られ続ける道理もない。(⇒キーワード②「フェアプレイは厳密ではない」)
どちらかと言えば、独特なキャラクター性を持った探偵の活躍という観点で読めば楽しめるものであり、その意味では旧来ミステリの持つひとつの魅力を切り出して極限まで高めたものと言えるのではないだろうか。

④安楽椅子探偵

謎解きはディナーのあとで (小学館文庫)
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例:「謎解きはディナーのあとで」「神様のメモ帳」

安楽椅子探偵とは、自ら調査したり事件捜査に同行することなく、他人から聞いた情報だけで真相を導き出す探偵のことである。すべてのミステリの中で最も論理力が重要になるジャンルだ。実はこのジャンル自体はかなり古くからあり、旧来ミステリの部類に入るのだが、現代ミステリとしてもかなり重要な部分を占めているのでここで紹介したい。
安楽椅子探偵の条件として、「探偵に情報を渡す人間」が必要になる。これは旧来は、警察やそれに近い立場の人物だった。しかし現代ミステリにおいては、一般人がその役割を負うことが多い。安楽椅子探偵を描くに当たって、相談に来るはずの警察が遥かに優秀になってしまったことは無視できない。そこで、何らかの事件の真相を突き止めたい一般人が、頭の切れる人物に相談して、その人物が答えを出すというスタイルに変わっていったと思われる。この場合、依頼者と探偵はただ相談しているだけであり、事件に首を突っ込んでいるわけではない。ゆえに警察の介入する余地はない。警察の圧倒的捜査能力に邪魔されることなく、純粋な論理展開を楽しむことが出来るのだ。(⇒キーワード④「警察は無能ではない」)
この「依頼者」の立場の人間は、大抵の場合視点人物となり、そのまま主人公になる。ミステリでは視点人物がワトソン役でも「主人公」とされるのは探偵役だが、現代安楽椅子探偵においてはほぼ依頼者が主人公の役目を持つ。これは大きな特徴だ。探偵を神のように描くのが問題となるのは探偵がメインだからであって、探偵があくまで相棒役に徹するならば、「主人公」の苦悩、成長を描くことで探偵の人間性のなさをカバーできるのである。むしろ、主人公が人間味あふれるからこそ、探偵は奇人変人くらいのほうが相性がいいとまで言える。(⇒キーワード③「探偵は神ではない」)
また、現代ミステリには「仲良しグループで気になった事件についてぐだぐだ話す」というタイプのものが意外と多く存在する。このタイプも広い目で捉えれば安楽椅子探偵と言えそうだ。多少の調査はするものの、基本的には論を戦わせることによって推理するのである。
このジャンルは、ほとんどの場合、解くべき謎の種類によって上記①~③のジャンルと共存する。他分野との融合などもそれに準拠している場合がほとんどなので、そちらの説明を参照して欲しい。

⑤特殊設定ミステリ

七回死んだ男 (講談社文庫)
西澤 保彦
講談社
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例:「七回死んだ男」「陽気なギャングが地球を回す」

SFやファンタジーなどの要素を取り入れ、魔法や超能力、幽霊や蘇り、時間停止や時間遡行などが存在している仮想世界において謎を解き明かすミステリ。(⇒キーワード⑤「ミステリは聖域ではない」)
勘違いしやすいのだが、「魔法が使える!なぜ?」というのが謎ではなく、「魔法が使えるのは常識として前提されている世界」において、殺人事件などの謎を扱うのである。
そうなると、当然フェアプレイが重要な問題になる。魔法で殺しました、魔法で壁抜けしました、魔法でアリバイを作りました、などとやりたい放題ではミステリにはならないので、作品に登場する特殊設定にはかなり厳密にルールや制約条件を設定し、それを早い段階で読者に提示する。ある意味最も忠実にフェアプレイを心掛ける必要があるが、それでは結局工夫がない。ルールの微妙な隙を付き、「納得できるアンフェア」を生み出すことが面白い作品として求められる。(⇒キーワード②「フェアプレイは厳密ではない」)
特殊設定のメリットは色々とある。ひとつには、現代的な捜査の及ばない状況を作りだすことで、旧来ミステリさながらの手探りの捜査が演出できることだ。この緊迫感を再現するのは、日常の謎のようにスケールを落としてしまっては難しい。警察の能力が及ばない、かつ緊張感のある捜査を描くためには特殊設定が何より有効なのである。(⇒キーワード④「警察は無能ではない」)もうひとつは、通常の設定では考えられない独特なトリックを用意することができる点だ。トリックありきでルールを作ることすら可能なので、このジャンルに限ってはトリックは実質無限にあると言って良い。(⇒キーワード①「トリックは無限ではない」)

⑥叙述トリック

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)
歌野 晶午
文藝春秋
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例:「葉桜の季節に君を想うということ」「イニシエーション・ラブ」

叙述トリックは、活字という媒体を利用し、地の文の中に仕掛けを作るトリックだ。
その性質上、作中の登場人物が叙述トリックに騙されることは決してなく、読者だけがその仕掛けに騙される仕組みになっている。この点では、ミステリの持つ「作者と読者との真剣勝負」という一面をより追求したものになっている。
このジャンルの歴史は、常にその時代のフェアプレイの基準を逸脱することで作られてきた。叩かれては受け入れられることを繰り返して、少しずつルールの幅を広げてきたのである。(⇒キーワード②「フェアプレイは厳密ではない」)
その結果、叙述トリックは現代ミステリの持つ多くの課題を一手に解決するポテンシャルを得た。まず、当然ながらトリックの領域は格段に広がった。(⇒キーワード①「トリックは無限ではない」)さらに、作中に向けたトリックでないことから、後期クイーン問題や警察の問題は無いに等しい。騙されているのは読者だけで、作中では何の事件も謎も発生していないのだから。(⇒キーワード③「探偵は神ではない」、キーワード④「警察は無能ではない」)そもそも探偵の存在すら必要ないので、物語としては自由に仮のテーマを設定し、あらゆる小説分野の皮を被ることができる。おまけに読んだ後の衝撃が大きいので、話題性の確保もしやすい。(⇒キーワード⑤「ミステリは聖域ではない」)
現代ミステリとしてあまりに優秀なため、今後もこのジャンルは増え続けるだろう。
ただし、その全ての優秀さは、裏返せば「そもそもミステリなのかこれは」ということになる。これからの革新に期待したいところだ。



これらのジャンルは互いに影響しあい、融合しているものも多い。日常の謎を専門とするキャラクターの強い安楽椅子探偵、などというものも存在する。
2000年以降の人気ミステリを一通り調べたが、逆にこれらのジャンルの要素をひとつも吸収していないミステリは無いように思える。これから刊行されるミステリも、このような視点で読んでみると初心者にも面白いのではないだろうか。
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