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【追記からネタバレ】「インシテミル」の読書感想

インシテミル (文春文庫)
米澤 穂信
文藝春秋
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ついにこの人。

米澤穂信さんは、私が敬愛する作家の一人だ。
「氷菓」に始まる「古典部シリーズ」に加え、「さよなら妖精」「ボトルネック」「犬はどこだ」「追想五断章」「儚い羊たちの祝宴」「折れた竜骨」などなど好きな作品には枚挙に暇が無い。複数作家の短編集「時の罠」に収録された「下津山縁起」も読んだし、米澤さんが編纂した短編集「世界堂書店」も全て読破した。(しかし。なぜか「小市民シリーズ」だけは一度も読んでいない。不思議と食指が伸びない)

もちろんこれらの読書感想は書くことになるだろうが、何を最初に書くかと言うことで、しばらく悩んだ。悩んだ上で、ふっと思ったのがこの作品だ。
先陣を切るなら、「インシテミル」しかない。
この作品には米澤さんのスタンス、スタイル、知識の全てが詰まっている。
ネットで検索すれば、それなりに批判も見つかるだろう。
設定にご都合主義がある、ラストが雑、トリックがしょぼい、映画化が悲惨etc……。
個人的には、とある重要キャラのバックボーンが全く見えず、行動原理が最後までよくつかめないことは残念ではあった。
このように、欠陥が無いとは言い切れない小説である。
だが、文句無く面白い、楽しめる小説でもある。
ここではその「楽しめる部分」に焦点を当て、特に私がどう楽しめたかというポイントを3つに絞って紹介したいと思う。
「インシテミル」を読んでみて楽しめた方も、楽しめなかった方も、なるほどこいつはそういう楽しみ方をしたのかと思ってもらえれば嬉しい。

私の思うポイントは以下の3つ。
 ①いかにも「ミステリ的」なガジェット
 ②主人公の趣味に関する丁寧な伏線
 ③ミステリ畑に対する皮肉的な展開

以下、順番に見ていこう。②からはネタバレを含むので、十分に注意して欲しい。なお、映画版は原作と全く内容が異なるので、読んだうちに入らないぞ。


①いかにも「ミステリ的」なガジェット
米澤さんが宣言したとおり、舞台は古典ミステリの定番、クローズドサークル。「暗鬼館」という閉鎖された環境で12人の被験者が殺し合い、疑心暗鬼になっていく。
そんないかにもな状況を補強するように、暗鬼館のあちこちには古典ミステリを髣髴とさせるガジェットが配置されている。
壁に貼られた館の見取り図。円卓に置かれた12体のインディアン人形。一人に一つ与えられる〈おもちゃ箱〉の中には、殺害方法の異なる凶器。その凶器の出典を示す〈メモランダム〉。そしてカードキーの裏の〈十戒〉

特にこの〈メモランダム〉は、なかなか秀逸だ。
たとえば主人公の凶器「火かき棒」には、このような〈メモランダム〉が添えられていた。

〈殴殺〉
 人類が暴力をふるいはじめたとき、最初の武器は五体だっただろう。
 おそらくその次が、棒だったに違いない。
 極めてプリミティブ、洗練のかけらもない原始武器。それだけに、激情を発端とする殺人では、しばしば棒が登場する。
 その中でももっとも印象深いのは、なんといっても「火かき棒」だ。多くの、あるいは全ての部屋にマントルピースが備えられた洋館を舞台とすればこそ、火かき棒はつねにそこにあり、殺人者の手に握られ、多くの命を奪ってきた。
 そして、ミステリ史上もっとも有名な「火かき棒」は、おそらく『まだらの紐』に登場したものだろう。
 さて、この棒を手にしたあなたは、これを曲げ、そして戻すことができるだろうか?
 できなくても構わない。曲がっていてもいなくても、その一撃が殴殺に足ることに違いはないのだから。


このように、各凶器には異なる〈○殺〉の題と、それに関わる薀蓄、そして最後には関連のある有名なミステリ小説のタイトルが記され、〈メモランダム〉は終わる。
こうやって様々なガジェットを散りばめて、読者をワクワクさせておきながら、実はこれらの意味は違うところにある。終盤、この〈メモランダム〉がヒントとしての重要度をどんどん増していく流れは圧巻だ。

「〈撲殺〉も〈殴殺〉ももう出ている。その上で、となると……。もしかするとベントリーか?」



②主人公の趣味に関する丁寧な伏線

主人公はとある趣味を持っていて、それが終盤に重要な意味を果たすのだが、これに関する伏線が相当丁寧に貼ってある。本来のトリックよりも、米澤さんがメインとしたかった謎はこっちなんじゃないかと思えてくるほどだ。
以下、終盤のネタバレを含むので、追記とする。
~ここから本編のネタバレが大量に含まれます。十分注意してください。~




主人公、結城理久彦は、ミステリ読みだ。
しかも、古典的なミステリを好まない、現代のミステリ読みである。
12人の被験者には、ミステリ読みがたった3人だけいた。その内一人が結城であり、一人が結城と同じミステリサークルに所属する岩井であり、最後の一人が犯人である。
このことは、作中では終盤の相当遅い段階まで明かされなかった。しかしヒントは至るところに配置されていたのだ。

ひとつは、そもそも結城が何らかの趣味を持っていて、大学で何らかのサークルに入っているというモノローグ。これは最序盤から何回か出てくる。
ひとつは、結城がミステリ的ガジェットを見るたびに呟く「趣味が悪い」という台詞。その場では、インディアン人形などの気持ち悪さを述べているのだと受け取れるが、本当は結城は古典ミステリが好きでなく、さらに所構わずそれらをもてはやす「空気の読めないミステリ読み」が大嫌いだった。
そして、岩井がこれらのガジェットに反応していたこと。ミステリ読みの3人は真っ先にインディアン人形や見取り図、〈十戒〉の意味するところに気付き、この実験が「全滅ありのクローズドサークル」である可能性に行き着いていた。特に岩井は結城の言うところの「空気の読めないミステリ読み」だったので、これらに過敏に反応していたのだ。
最後に、結城が一方的に岩井の顔を知っていたことを示唆する伏線。

「あんたは」
そこまで言って、結城は名前を呑み込む。


これ以前にもわかる部分があるが、結城は岩井の名前を覚えていた。
しかし、結城は人の名前を覚えるのが苦手だと独白している。岩井と同程度の印象だった釜瀬や安東の名前は忘れていて、岩井は覚えていたというのは不自然だ。
これらを総合し、結城や岩井の趣味がミステリ読みであるということは考察できるようになっていた。

③ミステリ畑に対する皮肉的な展開

②で述べたとおり、主人公結城理久彦を含め、3人の被験者はミステリ読みだった。これは裏を返すと、それ以外の9人はミステリを知らないということである。
行動力や体力、推理力がある被験者はそれぞれいる。しかし、ミステリ読みと彼ら一般人の間には、大きな溝が存在する。
それは、事件に対する考え方の違いである。
ミステリの名探偵やワトソン役に対して、違和感を抱いたことはないだろうか。
突如起こった凶悪犯罪に対して、何の恐怖もためらいも無く調査に乗り出す名探偵。冷静に論理的に可能性を否定していき、辛抱強く犯人を追い詰める名探偵。推理を披露したとき、全てを了解して探偵を讃える聴衆。
そして、いつしかそれに違和感を感じなくなる読み手
そんな「ミステリ畑」とも呼ぶべき排他的な世界に対し、この物語は痛烈な皮肉をいくつも用意している。

「いや、おれも、岩井さんで間違いないと思っているんだけど……。けどなあ。誰か他のやつがやって、岩井さんに罪をなすりつける方法が、何かあるような……」
「あるような?」
 大迫の目つきが凄みを帯びる。
~中略~
「なあ、結城。今何をやってるか、わかってるな?」
 何かをこらえるように搾り出される、大迫の声。
 結城はもちろん、何をやっているかわかっていた。真木を殺した殺人者が誰か、特定しようとしている。〈解決〉を、試みているのだ。
~中略~
「このまわりくどい手続きは、岩井を安全に連れ出すのに必要だというから、仕方なくやってるんだ。わかれよ」
 一呼吸置いて。
「岩井が殺人者じゃなくても、別にいいんだよ」
~中略~
 そうか、と結城は改めて、自分の感覚のずれを思い知る。大迫は、あくまで、これ以上誰も傷つかないことを最優先にしている。殺人者が誰なのかは二の次なのだ。


「残ったメンバー全員で、一つ一つ個室を巡って、全員の前で〈おもちゃ箱〉を開けさせるんだ。拳銃が入っていたやつが人殺しだ! ああ、なんでぼくは、考えて割り出そうとなんてしたんだろう!」
 箱島は頭を抱えてしまった。
 結城には箱島の気持ちがわかるような気がした。
 たぶん箱島は、西野が殺された現場から、手がかりを掴もうとしたのだろう。
~中略~
 行動ではなく思考によって殺人者を割り出すことを、暗に要求していた。状況が「推理せよ」と求めていたのだ。箱島はつい、それにつられてしまったのだろう。思えば結城も、今朝の〈解決〉で、思考が必要とされなかったことに拍子抜けしていた。


「連射が利かず、薬莢が残らない。これはどちらも、西野さんの件の特徴とは矛盾します。若菜は、違う。少なくとも若菜が持っていた拳銃は、西野殺害の凶器ではありません」
 しかし、その堂々たる宣言に寄せられた返答は、簡潔なものだった。
「なんで?」
「……え?」
 関水だ。重ねて、訊かれる。
「なんで? 若菜が鉄砲持ってたんでしょ。だったら、若菜じゃない」
「いや、でも種類が違うって、いま話したように」
「でも鉄砲なんでしょ?」
「……え?」
 結城は言葉を失った。操作方法を記した〈メモランダム〉に目を落としていた渕も、追い討ちをかけるように、
「細かいことはわからないけど、でも、同じピストルでしょう」


 しかし、結城はふと気付く。
 いつの間にか渕が、熱っぽく安東の話に聞き入っていることに。身を乗り出さんばかりにして、さっきまで疲弊の色が濃かった目にも生気が戻っている。……なぜか。
 結城は思った。もしかすると、安藤の話が、魅力的だからではないか。
 安藤の言う通り若菜が犯人なら、渕も、今夜はゆっくり眠れるのだ。
~中略~
 結城は大切なことを忘れていた。真実には時と場合が必要だということを。(略)この〈暗鬼館〉では、殺人者を裁くのに真実は不要だ。関係があるのは、多数決のみ。


  安東は結城の目を睨みつけながら、こう締めくくった。
「矛盾はない。どうだ」
「ど」
 どこに矛盾がないのか、と結城は言いたかった。
 どうしても若菜が西野を射殺したことにしたいようだが、口径の違い、連射性の違いなど、結城が論証したことは完全に無視するつもりなのか。
 西野の部屋から入手した発見した丸薬はどう説明するのか。西野のものだということを疑うなら、入手経路は挙げられるのか。
~中略~
 今度こそ本当に、心底から了解した。
 必要なのは、筋道だった論理や整然とした説明などではなかった。どうやらあいつが犯人だぞという共通了解、暗黙のうちに形作られる雰囲気こそが、最も重要だった。疑心暗鬼が雪崩を打つ先、それが〈暗鬼館〉における「犯人」の、唯一の条件なのだ。



いかがだろうか。これら全て、普通のミステリあるような場面ではない。しかし、普通の人間を描いた小説と言う目線で見れば、これこそがリアリティなのだ。ミステリは確かに非日常を描くジャンルであるが、人間としてのリアリズムまでもを失いすぎている。この作品ではそのような現実性のない舞台に、徹底的に現実的な人間を詰め込むことで、逆説的にミステリの構造を浮き彫りにしているのだ。

米澤作品では、このようなアンチミステリの構造をとるものが他にもある。
古典部シリーズの一冊である「愚者のエンドロール」では、ミステリというものに対する多面的な目線を、複数の人物の立場から描き出した。

「おれに言わせりゃ見るやつはトリックなんかは気にしないさ。要はばっちりドラマが決まればそれでいい。犯人はお前だーって決め付けて、犯人が涙ながらに事情を語る。これで話が決まるんだ」


「ま、ミステリーを作家と読者の勝負と考えるなら、相手がアマチュアもいいところの本郷というのはちょっと物足りないけどな」
~中略~
「ホームズでミステリを勉強しようとしたの?」
 それを受けて羽場は、
「そうなんだ。だから素人だっていうんだよ」


「だから、そこで『推理小説』が出てくるのがマニアックなんだってば。自覚がないの?普通にレンタルビデオ屋に入って、普通に『ミステリー』を探してみたとして、まず何が出てくると思う?」
~中略~
「アンケートでミステリーが一位になった時、誰も推理ものになるなんて思ってなかったっていうのよ。どうしてわかんないかな。ミステリーって言ったら、『十三日の金曜日』とか『エルム街の悪夢』とか、そういうのが最初に来るのが普通でしょ!」
~中略~
「で、でも先輩。密室はどうなるんです。鍵がかかってたのは」
 何でもないことのように、沢木口はさらりと答える。
「別にいいじゃない、鍵くらい」


どれもこれも、ミステリを読みなれている読者ほどグサッと来るというか、ゾクッと来る。米澤さんの書く文章はこのような、「ミステリというジャンルに内在する違和感」に非常に敏感だ。そのせいだろうか。普通に人が死んで、普通に探偵がそれを解決する話というのが、ただの一つもない。日常の謎か、あるいは歴史に埋没した過去の謎を解く話がほとんどで、それ以外は魔法世界にミステリを組み合わせた「折れた竜骨」や、狂人の論理を徹底的に描いた「満願」、そもそも解決がなされない「儚い羊たちの祝宴」など、異色のミステリばかりである。さらには、謎を解決しても事態が全く解決しない「探偵の敗北」を描いた結末も米澤作品には多い。
それもこれも、やはりミステリという小説を大事にしたいからなのだろう。
小説であるからこそ、人間としての内面、動機、論理を伝えたいのだろう。そのためには、何の悩みもない探偵がぱっと出てきて快刀乱麻で事件を解決し去っていく話ではダメなのだ。なぜ犯人は事件を起こすのか。なぜ探偵は事件に関わるのか。なぜ周囲はそれを受け入れるのか。なぜ探偵だけが解決に導けるのか。その全てに心理的な説明を与え、探偵も犯人も他人と同じように悩み、唸り、共感できる存在であらしめようとする意志をどの米澤作品からも感じる。

その中で唯一、米澤さん本人が「ミステリの王道に『淫してみた』」とまで宣言した本作。「普通に」人が死に、「普通に」探偵がそれを推理する。その結果がこれである。普通とは一体何だろう。ミステリとは一体なんだろう。
米澤さん以外の誰にも書けなかった「王道ミステリ」が、ここにあるような気がする。
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