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【超々ネタバレ】「塔の断章」の読書感想

新装版 塔の断章 (講談社文庫)
乾 くるみ
講談社 (2012-11-15)
売り上げランキング: 634,205



私は乾くるみに完全に敗北していた。

「塔の断章」は、ミステリと言っていいのか微妙な部分はあるが、まあミステリである。
ミステリと言えば、読者は作者との対決をするつもりで望むという楽しみ方がひとつの主流だ。私はミステリと明示されている小説に対しては、いちおうその立場で臨むことにしている。
さて、作者はあの「イニシエーション・ラブ」で有名な乾くるみ。そう、私が何回か前の読書感想で「トリックを見抜くことができた」などと勝利宣言をかました「イニシエーション・ラブ」である。
まあ、なんというか、それが今回の読書感想の伏線になっていたわけだ。
以下、「塔の断章」のネタバレを全開全力で含むので、未読の方は十分に注意してもらいたい。まあ読むなとは言わないが、私と同様の楽しみ方をしている人間にとっては、その楽しみの9割は削ぎ落とされると言っていい。
あと、もしかしたら勘のいい方にとっては、「イニシエーション・ラブ」のヒントにもなってしまう可能性が微妙にあるので、その辺をご了承の方のみ先に進んでいただきたいと思う。


まずこの本の構成だが、「塔の序章」「塔の断章」「塔の終章」の3部から成っている。
「塔の序章」では、名前の不明な女が名前の不明な男と会話をして、塔の最上階から突き落とされる。
「塔の断章」は、ある女が塔の下で落下死しているのを発見するシーンから始まる。そこで場面は変わり、その女が妊娠していたことについて、誰が妊娠させたのか、また、突き落とした犯人は誰かという調査の依頼を、主人公が受ける。また場面が変わって、主人公とその女との出会いが描かれる。
このように、次々と場面を変え、主人公の周囲の物語を描写していくのが「塔の断章」パートの特徴だ。ひとつひとつの場面は短く、時系列もばらばらとは言え、事件の流れが適度にわかりやすく、適度にわかりにくい程度に再構成されている。

私は、主人公の性別が女には見えるが、よく読めば曖昧に描写されていることに気付いた。
そう、気付いてしまった。いや気付かされたのだ。
どうせあの「イニシエーション・ラブ」を書いた乾くるみだ。主人公の性別を女のように見せかけ、実は男だったとする叙述トリックである可能性は十分ある。その場合は、女を妊娠させたのは主人公。突き落としたのも主人公ということもありえる。
その可能性も頭に入れて読んでおこう。これでこの小説には騙されないな。
そう曖昧に思っていた。読書中ずっと、自分は騙されていない気でいた。

時系列がばらばらであることも、何かの叙述トリックを際立たせるための意図だろうとしか考えなかった。「何かの」と言っても、自分の中では性別誤認トリックが最有力だった。ほとんどそれしか頭に無かった。

あれほど、叙述トリックは必要以上に意識しないと決めたのに。

完全に目が曇っていた。今読み返せば、気付くためのヒントはどこにでもあった。
自分で気付いた男女誤認トリックに囚われて、何もかもを都合のいいように読んでいた、

終盤、「とある描写」があり、主人公の性別が女(!)であることが完全に確定する。
その時の私は、というと。
ほとんど何も思わなかったのだ。
「なんだ。叙述トリックじゃなかったのか。ふーん」
といった具合である。想定していたひとつの可能性が消えただけ、という感じで、それがどれほど愚かなことか私はまだ気付いていなかったのである。

そして「塔の終章」。
(次の文は本当に重大なネタバレなので十分に覚悟してほしい。)

「塔の序章」で突き落とされた女は主人公であり、「塔の断章」の時系列ばらばらパートは主人公の走馬灯だったということを読者は知る。

つまり、時系列は、本当は狂ってはいなかった。
「塔の序章」から始まって「塔の終章」まで、完全に一本の糸で繋がった主人公の主観を読んでいたということだ。
だが、その時の私は、やはりほとんど何も思うところが無かった。
「ほう、走馬灯とは面白い構成だな」
といった具合である。ドアホだ。真に救いがたい。

本当に信じがたいことだが、なんと私は、読み終わってもこの小説に勝ったつもりでいたのである。
男女誤認は警戒しておいたけど、違っていたのでなんともなかった。
時系列入れ替えによる何らかの誤認も警戒して読んでいたが、何もなかった。
主人公が男である可能性と女である可能性は両方考えていたのであって、特に「塔の序章」で突き落とされたのは最初に落下死した女とは別人である可能性も睨んでいた。それが主人公である可能性も除外していなかったので、ネタ明かしにはほとんど驚くところはなかった。
つまり私の勝ちである。
繰り返すが、本当に信じがたいのだが、どうも本気でこのように考えていたようなのだ。

何のことはない。私は単に「想定しうる全ての状況説明」を並べて、そのうちのひとつが当たったと喜んでいただけなのである。

後でネットでレビューを読み、ひっくり返るほど驚いた。
「男女誤認の叙述トリックだと錯覚させること」および「時系列に関する叙述トリックだと錯覚させること」、それこそが「塔の断章」に仕掛けられた真の「叙述トリック」だったのだ。
これを「叙述トリック」ではない、とする向きもあるだろう。確かに真の定義からは外れているかもしれないが、まさに読者はこの本の「叙述」に引きずられ、読者のみが騙されると言う点は叙述トリックの本質的な条件そのままである。何より、真実が判明した瞬間に物語の位置や構造が完全に逆転する構成は、叙述トリック独自の特徴とも言えよう。
新本格時代の叙述トリックの波に見事に乗っかり、それを逆用する構想。
私はそれにまんまと引っかかり、その挙句に「全パターン想定していたから大丈夫」なんてことを抜かしていたわけだ。
ちゃんと読んでいれば、主人公が「本当に」女であること、さらに言えば構成が走馬灯を模していることすら、ヒント程度のものは見つかるようにできている。しかし自分で見つけたしまった偽の叙述トリックに拘泥すれば、気付けない。非常に巧妙だ。

おそるべきは乾くるみ、これより後に「イニシエーション・ラブ」を出している。つまり先に叙述トリックの波をひっくり返すようなことをしておきながら、その後で大仰な叙述トリックをちゃっかりやっているのである。これは真似できない。私はようやく、乾くるみが遥か高みにいたことに気付いた。

と言いながら、「嫉妬事件」なんていう強烈な作品を出していたりもするし、本当に捉えどころのない人だなあ。
また私にとって、「悔しい」作家リストが増えてしまった。
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