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算数/数学の授業は、抽象化のステップアップである

数学というのは、「抽象化」の学問だ。
この辺は、たとえば大学で数学科に行ったような人間なら誰でも感覚的にわかっている。
逆に、これが掴めなかった生徒が数学嫌いになってしまうわけだが、さらにたちの悪いのは、教える側の人間ですらこのことを把握していないことだ。
教える側ともなれば、感覚的どころではなく、言語化できるくらいこの感覚を磨かなければならないと思う。それは、小学一年の「さんすう」から既に始まっている。小学校教師は特に、主に文系である教育学部や教育大学出身でないとなれないから、この辺の齟齬が大きいのだろう。
そこで今回、算数/数学という授業について思っていることを、「抽象化」を中心にすえてぶちまけてみる。

小学校入学前


そもそも「抽象化」というのは、人間が人間として生きていく根幹をなす能力である。
たとえば「いないいないばあ」という遊びがある。
ある段階までの赤ちゃんは、いないいないばあをすると本当にその人がいなくなってしまったように感じるという。しかし、生後7-9ヶ月で、赤ちゃんは「物の永続性」を理解し、「見えているお母さん」と「手で隠れているお母さん」が同一であることを知る。これは「お母さん」という存在・実体をある意味で抽象化したからであって、私はこれを人間が始めて獲得する抽象化能力だと考えている。
さらに約2歳になると、子供は「表象」という概念を獲得する。今見ている相手を言葉やイメージ、概念で理解し、後日になってそれを模倣したり、説明できるようになる。さらには記号などのシンボルを理解したり、おもちゃを使って遊んだりできるようになる。これらはまさに抽象化能力の訓練である。ひとつひとつの「具体的な実体」をそのまま飲み込むのではなく、いったん概念として切り分け、理解しなければこれらの遊びはできない。「自分ではない人間になりきる」ごっこ遊びなどは、とてもわかりやすい例だ。

ところでここで、既に算数の第一歩が現れている。
たとえば「つくえ」という言葉を子供が理解する。これは、自分の家のリビングにあるテーブルも、食堂にある食卓も、和室にあるこたつも、お母さんに連れて行かれた病院に置かれた机も、全て同じように「つくえ」と呼ぶことを理解したということだ。
何かしら天板が合って、それを足で支えていて、上に物を置いたり作業したりする物ならば、大きさや材質に関わらず「つくえ」なのだという概念を得たということだ。
まさにこれは算数、ひいては数学の考え方のもとになるものである。
ここまでさんざん「抽象化」という言葉を使ってきたが、ようするに今のように、様々な具体的なものを共通の概念に落とし込むことを「抽象化」と呼ぶのだ。
0.png


小学校1年生


ここで始めて、「数」という概念を習う。
「数」は、5-6歳の児童が習うとは思えないほど、高度に抽象化された概念だ。
先ほど「つくえ」の例で説明したように、子供はこの時点で、様々な「具体的実体」を共通するイメージに落とし込んで理解している。
材質や大きさに関わらずどんな机も「つくえ」だ。同じように、多少の色や形の違いに関わらずどんな林檎も「りんご」だ。言葉という抽象化は、ここまでで終わる。「つくえ」と「りんご」を一緒にすることはない。
しかし、「数」はそれらを、さらに共通するイメージに落とし込む。
数の考え方は、「つくえ」と「りんご」すら一緒にしてしまう。どちらも同じように、「ひとつの塊がある」という風にしかとらえない。このようにして「1」という数のイメージが取り出される。
そして、「ふたつのつくえ」と「ふたつのりんご」も一緒だ。どちらも「ふたつの何か」である。これを抽象化して、「2」という数が取り出される。
1.png

考えてみれば、「2」などという名前の「物体」はどこにもない。「2」は概念の中にしかなくて、人間がふたつの机やふたつの林檎を見たときに、勝手に「2」という数を感じ取るだけだ。
そしてこの数という概念は、恐ろしい進化を遂げる。何も「ひとつの何か、ふたつの何か」という「塊的なイメージ」だけで済む問題ではない。糸を巻きつけて「1周、2周」と数えるのはどうだろうか。「1秒、2秒」はどうだろうか。果ては「1リットル、2リットル」なんてものも登場する。
「順番に区別することのできる何か」になら何にでも、数は広がってしまう。

この辺のことを、驚くべきことに子供たちは感覚的に理解してしまう。大半の子は。
しかし、この時点ではまだ具体物で考えないといけない子もいる。3人の男の子と2人の女の子、合わせて何人でしょうと言われて、実際に男の子と女の子を並べて数えなければわからないのが「数を抽象化できていない子」で、指を3本と2本折って数えられるのが「数の抽象化ができた子」で、3+2=5と何も使わずに計算できるのが「数のイメージが完璧に染み付いた子」である。
最終的には、全ての子供が最後の状態にならなければならないのだが、そうなれないまま次のステージに進まされてしまう子が存在する。これが悲劇の始まりだと思う。

小学4年生~6年生


子供達が算数で最初に躓くのが、「分数」の計算だ。
実は、この時点で、数のイメージを完璧につけていない子は、脱落してしまう。
抽象的な対象であるはずの「数」という存在を、ほとんど「具体物」のように身近に感じられる子だけが、次のステップへ進める。
たとえば、12÷3=4という式を見て、「12個のみかんを、3人に配ると、ひとりぶんは4つ」というような具体的イメージでしか捉えられないようではこの先が厳しいのだ。
いわゆる「できる」子は、4×3=12という式のイメージとともに、この式を見る。
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そう、式のイメージ、だ。もはやそこにみかんもおはじきもない。
これができているかどうかで、分数の割り算に対する捉え方が違う。
たとえば、1/3÷1/2という式。これを、「常に具体化して理解する子」が見ると、「1/3個のみかんを、1/2人に分けると・・・?」となって、滅茶苦茶なイメージになる。
一方、「数を数のままで」捉えられている子は、1/3÷1/2=??×1/2=1/3と読み直せて、多少苦労はするものの、「1/2に何を掛ければ1/3になるだろうか。逆数である2を掛けるといったん1になる。だから、それと1/3を掛けて、2/3が答え」という教師の説明が飲み込めるのだ。

この辺り、指導要領などを見ると、常に具体的イメージに戻って理解させるようになどと書いてある。
確かに具体例は大事だ。大事だが、それに根っから寄りかかったような理解をさせることは危険でもある。
非常に残念なことだが、分数の割り算などをしている段階で、具体例に依拠しなければ理解できない子供は、はっきり言って手遅れなのである。
分数の計算が難しい、わからないと言う子は多い。ここで算数が駄目になったという大人も多い。だがそれは間違いだ。実は、小学校1年生以来ずっと訓練されてきた「数のイメージをつける」作業が遅れて、それが初めて限界を迎えるのが、分数という段階なのだ。
そういう子は、足し算引き算に掛け算、筆算など、順調に学びを進めているように見えていたかもしれない。それが突然分数で躓いたように見えるかもしれない。でも、本当は何も順調ではなかった。数のイメージをつけることなく、そこまで「進めてきてしまった」のが実情なのだ。それが初めて目に見える形で飛び出しただけなのである。いわば、分数の計算はそれができているかを確認する最初の試金石として働いてしまっている。

指導要領には、割り算を理解させる為に、包含除やら等分除やら、難しい言葉がさんざん並んでいる。それは割り算を具体的な形で理解させる為には確かに必要な概念だ。
しかし、忘れてはいけない。それはあくまで具体的に理解させるための方便だ。
割り算の本質は、「掛け算の逆演算」だ。それ以上でも以下でもない。包含除だの等分除だのとどれだけ並べようが、それを覆すことだけはできない。
そしてその本質を理解するには、具体例は、どちらかと言えば邪魔なくらいなのだ。
方便は使えばいい。具体例なしに割り算を理解させよなどと鬼みたいなことは言わない。むしろ必要だろう。しかし、いつまでもいつまでも具体例に頼ったままでは、いつまで経っても抽象化のステップを上がれない。算数を教える者は、具体例という呪縛から逃れる時機を、常にうかがっておかなければならないと思う。

中学1年生


このあたりで、「抽象化のステップアップ」という考え方が真に大事になってくる。
数学とは、抽象化のレベルを順次上げていく学問だ。ただ一回抽象化すれば終わりではない。一度抽象化したものをまた抽象化して、それをまた抽象化して……このように、数学という学問は続いていく。
しかしこれは中学1年で突然始まることでもない。
今までだって、抽象化のステップは順々に上がってきた。
最初は、様々な別の机を「つくえ」という言葉で表した。
次に、「つくえ」と「りんご」をまとめて数という考え方で表した。
そうすると今度は、「数そのもの」をイメージ化して掛け算や割り算を共通イメージに落とし込んだ。
中学では、これがもっともっとわかりやすい形で進むだけだ。
文字式である。
3.png

ここで大事なのが、文字式を学ぶに当たって、もはやりんごやみかんまで戻っている余裕はないということだ。
中学の教師も、よく、具体的に考えよう、と言う。しかしこの場合の「具体的」とは、決してりんごやみかんのことではない。xやyといった文字の中に、1や2といった具体的な数を入れましょうという意味だ。
ここではもはや、「数」は「具体物」であるかのように扱われる。これは非常に重要な点だ。抽象化の段階を登るためには、その時点で前回の抽象化の結果を、「具体的なもの」として受け入れている必要があるのだ。
割り算の式を与えられていちいちみかんを分けて考える者は、文字式の割り算を理解することはできないだろう。
前の抽象化段階を具体例として、それを足場に、新たな抽象化を獲得する。これが数学の基本的な流れなのだ。
だから、小学校の時点で数のイメージがつけられなかった生徒は、文字式で振り落とされてしまう。
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よく、数学は積み重ねの教科だといわれるのはそのためだ。
一回でも抽象化のステップアップをサボれば、絶対にその次のステップアップにたどり着けない。これが数学の難しい点である。

高校


もう、おわかりだろう。
高校数学を理解する、すなわち、高校における抽象化の段階を登るためには、中学時代の数学を足場にしなければならない。
もっとはっきり言えば、文字式を具体例として、関数を理解する必要があるということだ。
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この時点で関数f(x)を理解するためにりんごやみかんに戻る者はもういないと思うが、だからと言って数式で戻るのも止めても、既に戻りすぎなのである。
本当は、文字式で踏みとどまらないといけない。文字式が具体例として運用できる頭にしておかねばならない。そのためのイメージを、中学時代につけておかなければならないのだ。

この先も、もし大学や大学院で数学を学ぶなら、まだまだ抽象化のステップは続いていく。足し算や掛け算などを「演算」という大きいくくりで見て研究する群論や環論があり、それら群や環をさらにまとめた圏があり、圏と圏の繋がりを調べる関手があり。私はこの辺でギブアップした。
もちろんここまで意識しろとは決して言わないが、少なくとも算数/数学を教えるに当たって、抽象化という考え方を全く把握していない教師は問題だろうと思える。
具体例はわかりやすいし、教えやすい。けれど、いつまでもそれに依拠する教え方は、いずれは抽象化のステップアップを迫られる児童・生徒たちにとっては結果的に害になるということを、どうかわかってほしい。
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なろうについて語る②好きなキャラについて

なろう小説のキャラについて語る。


以前、キャラクターのトリレンマの記事を書いた後で色々考えたのだが、やっぱり私はキャラクターには人間性を求めたいタイプの読み手みたいだ。
というのも、私がラノベヒロインのどういうところを好きになるかと言えば、ロリっぽさでも従順さでも貧乳でも青髪でもツインテールでもなく(これ全部実際に複数の友人たちから言われた言葉なのだが)、「主人公への信頼」をどれだけ感じるかということなのである。
ヒロインだけでもない。男キャラ、特に友人ポジションに対しての私の中での好感度も、主人公をどれだけ心から信頼しているかで決まっている。
そしてこれが一番大切なことなのだが、それは、「人間」でなければ出せない魅力なのだ。


具体的になろう小説のキャラで話をする。
私が最初に読んだなろう小説は「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」だったという話を前回した。
この作品で「なろう」にハマることができたのは、実は、とあるキャラを好きになれたことが大きい。
隠すほどのことでも無いので言ってしまうと、そのキャラとは第二のヒロイン、セリーのことだ。
実は、第一のヒロインであるロクサーヌに対して、私はほとんど好感を抱いていない。
ロクサーヌは常に主人公に対して従順であり、ダンジョンでは常に先頭を進んで魔物の気配を察知し、バトルでは獅子奮迅の働きを挙げる。何かあればすぐに「さすがはご主人様です」と言う。主人公の性欲にも寛容で、そういう行為も喜んで受け入れる。あと巨乳である。
絵に描いたような素晴らしいヒロインだ。
だからこそ、私はロクサーヌが「絵に描いたヒロイン」以上には見えない。
主人公が何を言ってもただ粛々とそれに従うロボットであり、主人公のことが好きという設定を貼り付けられた人形、あるいはプロフィール帳、記号の塊である。
正直言って、それは作品タイトル通りの「奴隷」でしかない。
これなら、実はずっと主人公を欺いていて、おだて上げ、隙を見せる機会を狙っている、と言われたほうが幾分自然だ。そのほうがずっとずっと好感度が上がる。

一方セリーは、それほど主人公に従順というわけではない。
何事も自分の頭で考え行動し、主人公の言動に疑問は抱くし、態度もぎこちない。怯えるし、いじけることもある。性的な行為も嫌がってはいないが、歓迎しているわけでもない。
はっきり言えば、特段主人公に好意を抱いている様子が描かれない
ひとつの例として、この作品世界では、主人が死んだ時の奴隷の処遇を主人の「遺言」という形決められる。
ロクサーヌは自ら志願して、主人公が死んだ場合は後を追って死ぬという遺言を選んだ。

「ご主人様をお守りするのが私の役目です。何があっても、身を挺してでもご主人様をお守りしなければなりません。だから解放される理由はないのです。ご主人様が亡くなられるときは私の任務が失敗したときです。後を追うのも当然です。それに、ご主人様のいない世界で生きていたいとも思いません」


これに対しセリーは、遺言を自分で決めて良いと言われて、その場合は自分を解放してもらえるよう頼んだ。

「奴隷を相続させるようなおかたはおられないのですよね」
「いないな」
「そうですね。それでは、私に対する遺言は解放することにしていただきたいと思います」


この反応の差。これだけで、二人の主人公に対する想いの差が伝わってくるようだ。
この時点ではそう思えなくもない。

それでも私はセリーのほうに好感を持った。
なぜか。セリーのほうが圧倒的に、主人公を「信頼」しているからだ。
それは、主人公が魔物の攻撃で毒を負った場面に象徴されている。

 脳天にまで直撃する激震を耐える。それでも戦慄はとまらない。頭はボーっとして、熱にでも浮かされたような感じだ。 
「××」
 セリーが目の前に来て何か言った。もう何と言っているのかもよく分からない。全神経が衝撃を耐えることだけに集中している。他のことを考える余裕はない。
 セリーの顔が何故か迫ってきた。唇が押しつけられる。セリーの舌が動き、俺の口の中に入ってきた。


セリーは主人公が毒を負ったことを見抜き、自らの判断で毒消しを飲ませたのだ。しかも口移しで。
ロクサーヌだって毒を見抜けば、すぐにでも同じことをしただろう。
それでも、あえてセリーにその役を与えた作者に、GJと言わざるを得ない。
セリーはそれまで常に、主人公に何か命令されて動くという態度を徹底してきた。自らその命令について考え、疑問をさしはさんだりはするものの、自分の判断で勝手に行動したことはなかった。
キスも性行為も、主人公の要求に従うという形であって、ロクサーヌのように自ら歓迎したことはなかった。
それが、この時は命令を下す余裕の無い主人公に代わって自ら主人公を助けるための最適な行動を思考し、一も二も無く駆けつけて、勝手に実行に移したのだ。
正直、この行動は読み手としては意外だった。
死んだら解放されるのだから、積極的に助ける理由が無い。
何より、セリーは奴隷としてそれほど主人を愛していないと思っていた。
それがこの行動ではっきりわかったのだ。少なくともセリーは主人公を「信頼」していると。
ロクサーヌのように、「主人公大好き」という記号を貼り付けられた「人形としての妄信」ではない。自らの頭で考えたうえで、この人に付いていきたいというような「人間としての信頼」を読み取ることが出来た。


こういうのに弱いのだ、私は。
どこへでも行ける人間が、いつでも簡単に離れられる人間が、自分ひとりで自分のことができる人間が、それでも自らの意志で主人公に付き従うというのが愛しくてたまらない。
「記号」には、その魅力は出せない。
だから私は「人間」を描いて欲しいとずっと言い続けているのだ。

そして、これが今回一番言いたいことなのだが。
「なろう」小説には、意外に「人間」が描かれている。
と言っても全てのキャラではない。ヒロインが5人くらいいたら、そのうちの1人が当てはまると言う感じだ。まさにセリーのように。
どうも「なろう」のテンプレの中にはヒロインの順番みたいなものも含まれているらしい。メインヒロインが従順好き好き系なら、次のヒロインは深い思考ができる賢い少女という風に決まっているみたいなのだ。
私はこの風潮に希望を感じずにはいられない。
とはいえ、5人いたら最低2人はそういうヒロインが欲しいと思うのだけれど。


それとヒロインに言いたいのは、「主人公に『反対する』視点を持ちえてほしい」ということだ。
先ほども言ったが、私は主人公から「離れて行ける」人間が「それでも離れていかない」というのが好きだ。だから、この「離れて行ける」という前提をきちんと描いておいてほしいのだ。
主人公が過ちを犯した時に、毅然として「それは間違っている」と指摘し、正しい方向へ導いてやれるヒロインが「なろう」に何人いるだろうか。
あるいは主人公と意見が合わないとき、一時的にでも一行を離脱できるヒロインが何人いるだろうか。
これは男友達ポジションでも同じなわけだが、是非そういうキャラが、それでも主人公を信頼しているという構図を描いて欲しいと思う。


さて、ここからは私が個人的に気に入った「なろう」小説のキャラについて話す。
(先ほどのセリーのような個別具体的な話が続くので、さっきのに疲れた方はこの先を読まない方がいいかもしれません。)

そのいち。
「僕は祖父の後継者に選ばれました。」の相坂しとら
この小説は、異世界転生やトリップではなく、現代日本を舞台にした「なろう」では異色のストーリーだ。(ランキング圏外を漁るとこういった作品は山ほど出てくる。「スコップ」と言うのだが、それについてはまた機会があれば。)
ただし、現代日本と言っても、様々な不思議な能力が登場し、一般人の主人公がそういった異能力を持つヒロインを味方につけていくことでストーリーが展開する。
その中の二人目(また!)のヒロインが相坂しとらだ。
しとらの魅力のひとつは、そのずば抜けた強さだ。他のヒロイン達の誰も敵わない、圧倒的な能力を持っている。

「たしかに、七倉菜摘は天才だと言わなければなりません。わたしも、同じくらいの年齢で菜摘ほど強い異能の使い手とは会ったことがありません。でも今はまだ、わたしと菜摘では勝ち負けにもなりません。わたしのほうがはっきり上です」


本来ならば、能力も持たない一般人の主人公が敵う相手では無い。しかし、しとらは主人公に能力の一端を解き明かされて以来、付き従うように主人公のそばにいる。
それは決して、盲目に主人公を崇拝しているわけではない。主人公が能力に巻き込まれるたびに、しとらは怒り、苦言を呈し、それで最後には手助けしてくれる。

「聡太がおかしいからです。理由はそれでもう充分です! 憶測なら既にいくつかあります。御子神叶は賭けをする能力を持っている。聡太がそれに負けたからおかしくなった。それがいちばん考えられるに違いないのですっ」


なぜ彼女がそれほど主人公を気にかけてくれるのか、それははっきりとは描かれない。曖昧に、複雑に、彼女の心情は幾重にも隠蔽されて表現される。
それがいいのだ。それくらいよくわからない方がむしろリアリティがある。
それでもよく読みかえすと、ちゃんと奥底の心情が読めてくるのがまた素晴らしい。
心情は複雑に描かれるほど、それを一つずつ解くたび、まるで本物の人間を相手にしているように見えるのだ。それがそのキャラの可愛さや愛しさを倍増させるのだと思う。

そのに。
「異世界詐欺師のなんちゃって経営術」のオオバ・ヤシロ
驚く無かれ。主人公である。
「なろう」小説において主人公が魅力的だというのは珍しい。それは、大抵の主人公がただ地球から転生しただけの、設定も背景も無い影絵に過ぎないからである。
この作品の主人公ヤシロは、地球でどんな生活を送ってきたか、どんな過去があって、どんなトラウマがあって、だからどんな行動がしたいのか、それらが事細かに設定されている。
ヤシロは元詐欺師である。
両親は幼い頃に他界し、人の良い伯父と伯母に拾われ、育てられた。
彼らはヤシロに対する善意につけ込まれて詐欺にひっかかり、借金を抱えて、自殺した。
やがてヤシロは詐欺師になり、大型の詐欺組織を潰した後、逆恨みで腹を刺され、死んだ。
そして異世界へと転生する。
トラックに轢かれるようなよくある転生ものとは一線を画す始まりだ。
彼はそのトラウマのため、「身を犠牲にする善意」を非常に嫌う。だが、基本的には善人であり、純朴な仲間に囲まれて心を取り戻すうち、自分の気持ちとトラウマの間で揺れ動くのだ。
彼は、単純に仲間を助けるだけなのに、無理にでも自分の懐に利益が入るように計算してしまう。本当に、本当に微小な利益を。

ふっふっふっ……またしても俺は、他人の持ち物で自分の利益を得るシステムを組み上げたのだ。
どーだ! すげぇーだろー!


ただ、これはヤシロへの献身的な善意から破滅した伯父・伯母の自殺した姿が忘れられず、「他人の為に身を粉にしてはならない」という自戒が刻み付けられているため。
素晴らしいのが、主人公と悪態を付き合う仲にある二人目(またまた!)のヒロインで、彼女はヤシロの出自を知らないにもかかわらず、彼の屈折した精神構造を看破し、利益が手に入ったと喜ぶ彼にこう言うのだ。

「善行に理由づけするのも、大変だよね」


私はこの台詞を読んで震えた。
「なろう」に、こんな台詞を吐けるヒロインがちゃんといたとは。
主人公も人間であり、ヒロインもまた人間であったからこそ、この台詞が成立したのだと私は思う。


色々と語ってきたが、要するに、私の言いたいことは「サトシのピカチュウ」なのだ。
ポケモンは、モンスターボールで捕獲されるとトレーナーの言うことを聞かざるを得なくなる。しかしピカチュウはモンスターボールに入っていない。
つまりピカチュウは手続き上「サトシの手持ちポケモン」ではなく、いつでも逃げ出すことが出来る。
それでもピカチュウはサトシのポケモンとして、活躍し続けている。
要するにそういうことなのだ。私の理想というのは。

以前、私は「自我が薄そうな女の子(キャラ)が好きだよね」と言われた。
ここまで読んできてもらえたならわかると思うが、とんでもない!
自我がない女の子は、サトシのクラブと一緒だ。そんなものに魅力を感じることは出来ない。
私は、自我がはっきりくっきりある女の子が、そのはっきりくっきりした自我を自ら主人公に捧ぐ過程がどうしようもなく好きなのだ。
そこだけは勘違いしないでいただきたい。


次回がもしあれば、「なろう」であのようなテンプレが成立した背景について語りたい。
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なろうについて語る①テンプレについて

なろうのテンプレについて語る。


みなさん、「小説家になろう」(通称「なろう」)をご存知だろうか。
「なろう」は素人が小説を書いて投稿し、誰でもそれを読める、いわゆる小説投稿サイトである。
小説投稿サイトといってもまあ色々あるのだが、その並みいる競合サイトの中で、もしかすると現時点で最も人気の小説投稿サイトといえるかもしれない。

では、「小説家になろう」の特徴は何かといわれれば、それは「テンプレ」であると言ってもほとんど間違いでは無い。
他の投稿サイトにこのようなテンプレがあるかどうかは知らないが、「なろう」のテンプレは、誰が見ても異常なほど強固だ。
「なろう」のトップページには常に累計ランキングの上位10作が表示される。
是非、それぞれのあらすじを覗いてみて欲しい。
・突然死んで、異世界へ転生。
・突然何やらわからず、異世界に召喚。
少なくとも常に10作中8作は、このどちらかである。
この傾向は、11位以降を観察してもらえればさらに濃厚に感じ取ってもらえると思う。どうやら100位くらいまではこれが続くらしい。

でも、その中でも色々バリエーションがあるじゃないか、と思われるかもしれない。
そう思った方は、ぜひ読んで確かめてみて欲しい。
驚くほど、バリエーションが、ない。
いや、ある意味でのバリエーションは、実は過剰なほどある。だが、なんというか、話の筋道、骨格、メインストリート、そういったものが、どれを読んでも一緒なのだ。

これを「なろう」における「テンプレ」と呼ぶ。


テンプレの具体的な内容をまとめてみよう。

まず、主人公は異世界に送られる。これは一旦死んで転生する場合と、そのままの体で転移する場合がある。
転生のパターンなら、さらに死に方までテンプレ化されている。
トラックだ。
大概の場合、主人公はトラックに轢かれて死ぬ。これがいわゆる「転生トラック」である(界隈では、「転トラ」というだけで通じてしまうらしい)。
そして、なぜか神様がいる真っ白な空間に送られる。
そこで「お前の死はこちらのミスだった」という衝撃の事実が告げられる。普通、トラックで轢かれたなら運ちゃんのミスであって、神様がどうこうミスるような余地はないと思うが、まあだいたいそういう展開になる。
そして、生き返らせることはできないので、異世界に新生させてやる、と言うのだ。
驚くなかれ、ここまで本当に全部テンプレだった時代があったのである。

つい最近アニメ化された、「この素晴らしい世界に祝福を!」(以下「このすば」)という作品がある。あれも元は「なろう」に投稿されていたもので、このテンプレまみれの時期に生まれた作品だ。
「このすば」では主人公がトラックに轢かれたと思ったら実はトラクターで、しかもショック死だった、というネタが第一話にあった。
あれは、本来このテンプレが読者の念頭にあって、それをちょっといじって笑いを取りにいったネタなのだ。
つまり、テンプレが笑いの対象に出来るほど前提におかれていた、という証拠である。

最近は余りにもあからさますぎて、このテンプレも廃れてはいるが、それでもこの流れを踏襲しているものは未だ多い。


まあとにかく、どうにかして異世界に転生、または転移する主人公だが、ここで「チート」と呼ばれる能力が与えられる。
チートとは、その世界の人が誰も持っておらず、持っているだけで世界で優位に立てる能力。
超人的な身体能力かもしれないし、強力な武器かもしれない。膨大な魔力だったり豊かな魔法適正でチート魔術師になる者もいれば、鑑定眼、鍛冶、コピー能力などのユニークスキルを活かす者もいる。あるいは、その世界が貧弱すぎて、元の世界の知識がそのままチートになることもある。
この部分には妙にバリエーションが多い。というより、他の部分はほとんど変えずに、チートのバリエーションだけでどれだけ小説が書けるかという競争をしているのではないかと思えるくらいだ。

で、異世界にはダンジョンがあったりする。
これはあるのとないので半々ぐらいだと感じる。
ダンジョンがある場合、その構造もほぼ決まっていて、
・魔物、アイテムは無限に沸く。
・階層構造になっていて、階層が進むほど魔物が強く、アイテムが良い。
・各階層の構造は常に変化する。
と、まあ言ってみればゲームの世界観だ。

というより、「なろう」のテンプレは、基本すべてがゲームに基づいている。
スキルだったり、アイテムボックスだったり、HP、MP、レベルだったり。ルーラ的なものも完備されている。主人公はこれらをゲーム的にとらえることで状況を理解するのだ。
主人公だけがそれを理解できるということこそが、一番のチートに違いない。

だから、「なろう」のテンプレ世界観のことを、よく「ゲーム的異世界」とか言ったりする。
ただし「死んでも生き返る」という設定は、意外に少ない。ランキング上位の作品ほど、こういった設定を用いない傾向がある。
なぜか、ダンジョン内の死などは妙に重く描かれるのだ。


話をテンプレに戻す。
主人公のやることは、だいたい「冒険者」「領主(国王)」「経営」のどれかだ。
冒険者が一番わかりやすく、ひたすら冒険に繰り出しては魔物を狩り、得た金で装備やら何やらを整える。この繰り返しで、たまに困った人を助けたりする。
飽きやすいのが欠点だが、まあまあ平和でいい(冒険者が一番平和というのが皮肉すぎるが)。
突っ込みどころが多いのは下二つである。

領主の場合は自分の領地を、異様に、それはもう異様に発展させる。
大抵は、異世界の文明レベルが低い(古代~中世程度)ことを利用して、現代の知識をフル投入し、近隣諸国と差をつける。
こういうのを現代知識チートとか、内政チートという。
だが、使っている知識が、Wikipediaで調べてきたようなペラッペラの専門知識だったりして、「お前はそれを暗記しているのか」「そんな付け焼き刃の知識でうまく行くと思うのか」と突っ込みたくなることも多い。
その辺りを揶揄する意味合いで、NAISEIとか、NAISEEEEIとか、Wikipedia型内政術とか言ったりする。いや、後ろ二つは勝手に私が言っている。

例えばあなたが急に死んで異世界に転生して、その世界にはパンが無いから自分で作ろう!となるだろうか。
小麦粉をこねて焼けばいい程度の簡単な知識では、まず現代であっても無理だ。その上、材料も火起こしも器具も全て異世界にあるものを使うのだ。そう簡単に成功してたまるか。十回くらい失敗した上でならともかく。
なお、これに限った話ではないが、「なろう」では「失敗」というものが基本的に描かれない。主人公は必ず勝つし、必ず成功するのだ。

主人公が経営をやる場合もだいたいこれに近い。
現代知識を使って、その世界の人には見慣れない素晴らしい商品を次々と発明したりして、ボロボロだった店を再建していくのがひとつのテンプレである。
言ってみれば主人公は、自分の力を何一つ使っていない。
現代日本の力を使っただけだ。
だが、それが受ける。受けるから上位にいるのである。


テンプレは主人公の人格にも及ぶ。
全ての主人公は、転生(転移)前の知識の差などを除けば、だいたい同じキャラである。いや「全く」同じキャラと言ってもいいヤツすら、ちらほらいる。

性格は基本、厭世的である。
斜に構えていて、世界を舐めていて、そして、自分を価値の無い存在だと思っている。
トラックに轢かれて死んだときに、まず例外なく、その死を悲しむことをしない。
「そうか、死んだのか」くらいが関の山で、驚きもしない、取り乱しもしない、神様に突っかかりもしない。
その癖、異世界では妙にテンションが高く、研究気質で、やたらと知りたがる。
そして仲間を非常に大事にする。
俺の仲間を傷つけるのは許せない、とか平気で言う。
このあたり、キャラとしてもよくわからないし、人間的にも屈折しすぎているように感じる。
前述したとおり、全体的にゲーム的な「なろう」小説であったも、なぜか「命」だけは非常に重く見る。
モブの命が失われるシーンを相当深刻に描写したり、仲間がもし死んだら俺は……みたいなモノローグも出したりする。領主系なら、領民ひとりひとりの命を本当に大切にする。
それはいい。非常に結構なことだと思う。

でも、それなら、最初に死んだお前の命はどうなんだ、と思わなくもない。
「転トラ」なんて言われてものすごく軽く散っていく命。
前述の「このすば」だって、トラクターにはねられかけてショック死して、親まで爆笑したなんて伝えられて、それで笑い話にしたつもりなんだろうけど、なんだかモヤモヤが取り払えなかった。人間一人が死ぬと言う事態が有り得ないほど軽く見積もられている気がして。
それで、後の展開で「命」を語るのかよと。

現代から異世界に転移する話で、Web小説ではなくライトノベルでなら、「ゼロの使い魔」という有名作がある。
これは主人公が街を歩いていたらいきなり異世界に召喚されてしまったパターンだ。
彼のいた世界はその後どうなったのだろうか?彼の両親は?友人は?
実は、だいぶ後の方の巻で、一瞬だけ地球と異世界が繋がったことがある。
主人公はこの時、母親が一年近く主人公を探し続けて、げっそりと疲弊した姿を見る。
すぐにでも帰って、その痛々しい姿に声をかけて安心させてやりたい。でも、今は異世界のほうが存亡の危機だ。異世界にも大切な人々ができて、それを守るために、今地球に帰るわけにはどうしてもいかないのだ。
その後、主人公の持ってきていたPCには、母親からの何百通ものメールが届く。一瞬世界が繋がったことで受信されたものだ。母親は主人公の無事を信じ、PCの契約を止めないで、毎日メールを送り続けていた。
……と、こういう話があるのだが、私はいつも「なろう」小説の新しい第一話を読むたびに、転生トラックを見るたびに、この話を思い出してしまう。
こういう視点は、「なろう」には一切ないのだ。
というより、あってはいけないのだろうな、と思う。現代に未練を持つような視点は。でもなぜ駄目なのかがわからない。「なろう」は世捨て人の集まりと言われているが、そんなにか?そこまでか?


さて、主人公の性欲についても、いまいちあるのかないのか判断がつかない。
ほとんどの作品は、地の文やモノローグで、あるいは主人公が直接声に出して、「性欲がある」ことを明示している。
けれど、その態度やら行動やらを見ると、どうも性欲があるようには見えない。
なんというか、「性欲があります」というポーズをとっているだけなのだ。
だいたい女の子を見たら「巨乳!」しか言わないし、言って終わり。
性行為のある作品でさえ、「これこれこういう性行為をしたのです」というような淡々とした文章が流れる。なんだこれ。

ヒロインも大概なのだが、ヒロインは一人ひとり「記号」があるおかげで、大したキャラ崩壊は起きていない。でも主人公ズだけはどうにも納得が行かない。どういうキャラ造形になっているんだろう。いつか作者に聞いてみたい。


ここまで、テンプレを紹介するという体でひたすら罵り続けてきた。
だが、勘違いしないで欲しい。私はこのテンプレ、悪いとは思っていない。むしろ優秀だと思っている。
よく、「『なろう』は一番初めに読んだ小説が面白い」という言葉を聞く。
ランキングの中のどれを最初に読んでも、それが最も面白かった小説として記憶に残るのだ。
これは一重に、テンプレの優秀さを表している。
私の場合は「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」だったのだが、初めて読んだ時は、このテンプレは結構斬新に感じるものだ。
ものすごくさらっとした入りから、怒涛のチート展開。爽快感もたぶんあるのだろうし、何より止め時を失ってしまう。
でも、それは一回までだ。上位作品にもう1つ2つ手を出すと、もう飽きてしまう。テンプレは諸刃の剣である。

テンプレの優秀さは、書くほうにも大きい。
何せ、厄介なところを何も考えずに書ける。
考えたいところだけ考えて、書きたいところだけ書ける。
穴抜きされたプリントを渡されて、ここを埋めればシナリオができますよ、というようなものだ。私はこれをモジュール型クリエイティングと読んでいる。
実際、読者もそれくらいの軽さを求めているので、実はWinWinなのだ。1作目までは。


次回は、キャラについて語りたいと思います。
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ここ数年の創作について考えたいことの一覧表

最近、というよりここ6年ほどの創作文化の土壌について、色々と語りたいことがありすぎる。
それなのに、まだ考えが固まりきっていないせいで、何一つとして表に出せないので困っている。

この前、「表出できない考えはないのと同じ」みたいな名言を見て、どうしても語らないとと思うようになって、
それでも今の状態では何も論理的に話せないから、せめて自分がどういうことを語りたいか、という材料だけでも、書き散らかしておこうと思った。
これが備忘録になり、本論のための起爆剤になり、いつか書くという決意の持続になり、そいて、同じようなことを考えている方々への材料になりますように。


娯楽の無料化のような現象が起きている?

ゲーム:無料化の一途、だが単純な無料化とは言えない?
・フリーゲームの流行:特に「夢現」「ふりーむ」の隆盛。2010年以降爆発?ニコ動でのホラーゲー実況とか(青鬼、霧雨)
・ブラウザゲーム:脱出ゲーム、艦これ系、クリッカー系(放置系)
・スマホゲー(基本無料とかガチャとか)
・街のゲーム屋さんが消えた、アマゾンのせいか、それとも上記無料ゲームのせいか
・同人ゲームの土壌(東方やひぐらしなど)はこの流れに関係あるか?

小説:二極化?
・Web小説:小説家になろう、Eエブリスタ、アルファポリス
・ラノベ:有名既存作の新作と、オタク性あるいは幼稚性を感じる新規作ばかりが入荷される現状
・ライトミステリの増加:ゴシックや氷菓のアニメ化、「謎解き乙女」
・一般文芸への萌え文化・キャラ偏重文化の浸透
・中間レーベルの爆発的流行:メディアワークス文庫、新潮社Nex、講談社タイガ、ノベルゼロ
・今までの「いわゆるラノベ」が曖昧な状態から二つに分かれて、片方はネット文芸、片方は中間レーベルやライトミステリに取り込まれた?
・ある程度のレベルの小説が無料で読める時代。それでも小説は売れている(新レーベルが続々出るのがその証明)。何故?

漫画:無料化なのか邪道化なのか?
・Web漫画:無料で読める、ニッチなジャンルや作風、絵の綺麗さを追求しない
・Web漫画出身の正規本出版ブーム:となりのヤンジャン、ジャンプ+、堀宮、琴浦さん
・ジャンプの変質:ワンピ・ナルト・ブリーチから暗殺・ワートリ・ヒロアカへ、王道の拒否?
・青年誌ブーム:テラフォ、東京喰種、ブリュンヒルデ。進撃の巨人は別マガだが系統が近い。アニメ化。「このマンガがすごい」。
・少女漫画の少年漫画化、少年漫画の少女漫画化
・全体的に邪道や意外性のある物を求めている?
・Web漫画は無料性をウリにしつつも、無料はそこまで必須要素ではない?Web版読者に単行本を買わせているものは何?

音楽:無料化の一途だが金は使う
・VOCALOID、同人音楽
・AppleMusicだったりデジタルシングルの販売だったり
・無料で聞けるボカロ曲のCDを買う理由は何か?

その他
・ブログの流行が新書の役割を取っている気がする
・いいねやお気に入り、評価をやりとりする社会
・テンプレに対する忌避と、逆に受け入れのスタンスが存在する謎


Web文化の受け入れが進んでいる?

・アニメ化されたWeb小説
SAO:著者のウェブサイト発
まおゆう:2ちゃんねるのSS発祥
魔法科高校、ログホライズン、ダンまち、オーバーロード、このすば:小説家になろう発
GATE:アルファポリス発

いずれも書籍化を挟んでいる。大幅な改変あり
初期は電撃など既存文庫により受け入れ、現在は専用レーベルの増加
今のところ専用レーベルのラノベからのアニメ化はない(単行本からはまおゆうやオーバーロード、GATEがあるが)

・ワンパンマンという奇跡(個人サイト→となりのヤンジャン→単行本→アニメ)

(・逆に氷菓やハルチカなどライトミステリのアニメ化も進んでいる)

・ボカロ曲の小説化、フリーゲームの小説化
カゲロウプロジェクト

・ボカロPやニコ動活動者のプロ化
ヒャダインは少し違うが起爆的役割にはなった
supersell、livetune、Junky、samfree
Gero、そらる、ナノ、ちょうちょ、ZAQ
他にもすごいたくさん

・スマホゲーやブラウザゲーのアニメ化
アイマス、ディバインゲート、艦これ

・朝帯ワイドショーなどによるWeb文化の積極的な紹介、あるいはまとめサイト
「オタク」が忌避されていない
オタク的文化を綺麗なものとして浸透させようという意図を感じる、逆に汚い部分の隠蔽など
Webに対する付き合い方が「無い物とする、別世界として触れない」から「巧く乗っかって操縦する」に変わった
おーぷん2ちゃんねる


原点回帰傾向?

テンプレや王道、純愛、正統派といったものが再び評価され始めた

昔の作品を再評価、およびリアレンジする向き

小説家になろうにおけるテンプレ偏重主義、および「スコッパー」の存在


上記の全ての話題が無関係ではないように思える

何かあとひとつキーワードがあれば、これらが全部連環をなす夢が見える

何か新しいことを考えたら追加するか、本論がかけそうになったらそちらに移行します。
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隠しページ探しの全解き方集

これは隠しページ探しで使われる、様々な隠し方をまとめたページです。解く方も作る方も、こちらを参考にしながら是非、隠しページ探しを復興させて欲しいと願っています。
※この記事はスマホ用ページではうまく表示されません。PC表示をお試しください。

基礎・ルール編

あまりに基礎的なので適当に読み飛ばして下さい。
  • 隠しページ探しとは、インターネット上でできるゲームの一種。あるページから次のページへと、隠されたページを見つけて行き、最終的にゴールのページを見つけることが目的です。
  • インターネットのサイトというのは、どんなURLにどれだけページがあるかというのを基本的に把握できません。(ブログのように記事一覧があるわけではない。)例えばhttp://7dapple.blog.fc2.com/blog-entry-21.htmlというURLに本当にページが存在するか、といわれたら、実際にそれをアドレスバーに入力して、ページが出るかどうかを確かめなければいけないわけです。存在しなければ404というエラーが起きます。たとえばhttp://7dapple.blog.fc2.com/blog-entry-0.htmlというページは存在しません。
  • 初級の問題は、次のページがリンクになっています。例えばこのリンクをクリックしてください。これで他のページに行きます。
  • より進んだ問題では、URLだけがどこかに書いてあります。例えば「blog-entry-21.html」と書いてあります。この場合、アドレスの最後の「スラッシュ(/)」までを今のまま残し、その続きを書き換えてください。
  • 「.html」まで書かず、「blog-entry-21」のように書いてあることもあります。この場合は自分で「.html」を付けてください。ただし、たまに「.htm」の場合もあります。
  • サイトによっては、URLに問題番号をつけているときもあります。例えば1問目なら「1_orange.html」など。この場合、2問目へ進むキーワードが「apple」とすれば、「apple.html」とすればいいのか、「2_apple.html」とすればいいのか、それはサイトによります。必ずそのサイトのルールに書いてあるはずなのでよく読みましょう。
  • 基本的に色々なブラウザで遊べるとは思いますが、ここでは現時点での最新のIE(バージョン11)を前提に説明します。

リンク編

次のページが今のページからのリンクで結ばれているパターンです。簡単です。
  • リンクが青色になっていない、下線がない。→画面乱打かTabキーで探せばよい
  • リンクが白背景に白字で隠れている。→Ctrl+Aであぶりだす
  • リンクがすごい下のほうにある。→普通にわかるし、TabキーでもCtrl+Aでもわかる
  • リンクが「.」、空白、全く文字幅の無いところにある。→Tabキーで
  • 外れのリンクがすごいたくさんある。→リンクにカーソルをのせた時、ブラウザの下のほうにアドレスが出てくるのでよく見る
  • 画像がリンクになっている。→Tabキーでわかる
  • 「戻る」や「Home」などのボタンの1つが実は次へのリンクになっている。→リンクにカーソルをのせた時アドレスをよく見ればわかる
  • リンクをクリックしたらそのサイトのホームに飛ばされる。→ホームに見せかけた、そっくりな別のページかもしれない。アドレスが「home.html」じゃなくて「hone.html」とか、微妙に違っていたりするのでわかる。
  • リンクをクリックしたらそのサイトのホームに飛ばされる。(その2)→実はホーム自体に初めから、次のページへのリンクが仕掛けてあったのかもしれない。この場合はそれまでにヒントがあるはず。
  • リンクを踏んだら404。→404に見せかけた、そっくりな別のページかもしれない。そのページの中に怪しいリンクがないか注意する
  • リンクがリンク形式になっていない。それなのにクリックすると飛ぶ。→このタイプは実はJavaScriptを使っている。Tabキーが通用しないので画面乱打するか、ソースを見るしかない

URL探し編

次のページのURLをどこかから導き出すパターンです。発想力が大事です。
  • ページになぞなぞが書いてある。→なぞなぞの答えが次のURL。ローマ字にするか、もしくは英訳が必要な時もある
  • ページに暗号が書いてある。→暗号の答えが次のURL、もしくは何らかのヒント。みかか式暗号が多い
  • 文字化けした文章が書いてある。→文字化けを直すと次のURLもしくはヒントが書いてある。右クリックから「エンコード」で適当なものを選ぼう
  • 「%E3%81%82」みたいな文字列が書いてある。→これはパーセントエンコーディングである。「URLデコード」とかでググるとどうにかなる
  • 「E3 81 82」みたいな文字列が書いてある。→これは16進法だが、おそらく上と同じで文字コードを表す。ググるか、適当なフリーソフトでデコードしよう。エンコード方式は複数あるので選択すべし
  • 誰も知らないような専門知識の問題が書いてある。→ググって答えを探す
  • 背景と同色で何か書いてある→Ctrl+Aで全部見れます
  • ページのタイトルに何か書いてある→IE11ならタブのところを見る。右クリックから「プロパティ」で省略されずに見れる
  • アドレスに何か細工すると次にいける→細工するためのヒントが書いてある。aを削れとか、アルファベットをずらせとか。「.html」を「.htm」にする問題もよくあった
  • 本当に何のヒントも無い→それまでの問題にヒントが分散して置いてあるかも。特に、URLが規則正しく移っている場合は、それを見抜いて次のURLを打ち込むという問題かも。「1.html」「2.html」「3.html」なら次は「4.html」だろうな、とか

ソース編

HTMLのソースを覗かないと答えがわからないパターンです。
ソースを見れば、上のリンク編(URL探し編の一部も)は拍子抜けするほど簡単に解けるので、実質これだけで十分です。
IE11なら、ソースの出し方は、右クリックから「ソースの表示」を選ぶか、またはCtrl+U。
この2つの方法は両方重要なので、どちらの方法も頭に入れておきましょう。
問題によってはこれらの方法を禁止することもありますが、以下のように突破できます。
  • 右クリックが禁止されている。→Ctrl+Uでソースを出す
  • 右クリックもキー入力も禁止されている。→メニューバーから「表示」、「ソース」と選ぶ(メニューバーが無い場合は、ウィンドウの上の方で右クリックしてメニューバーを表示)
ソースにキーワードが隠してある場合、隠し場所は以下のどれかでしょう。
  • コメント。<!--このような記号の中です-->これは元々、ページ上に表示されないメモを書くための機能。たぶん緑色
    • ものすごい下のほうにスクロールするとコメントがあることもある
  • ありえないタグ。HTMLには<br>とか<a>とか<body>とか色々なタグがあるが、ありえないタグがある場合、それがキーワード。完全に見抜くにはHTMLの勉強が必要だが、<apple>のようにどう見てもおかしいタグ、<boby>のように正しいタグに似せたタグは、知識がなくても怪しいとわかる。
  • タグの属性の中。例えば<a>というタグでも<a href=~~ name=~~ target=~~>のように、様々な属性を付加して使われる。この中のどれかに怪しい属性があればそれがキーワード
  • 今までの問題と違う形式。ソースにはタイトルを書く場所や、著者名を始め様々な付加情報が書ける場所がある(ここをヘッダという)。この部分が今までの問題のソースと不自然に違っていれば、それがキーワード
たいていの場合、キーワードはそのまま次のURLとなりますが、なぞなぞや暗号になっている場合もあります(上記のURL探し編を参照)。また、複数のキーワードが色々な場所に隠れていて、組み合わせることで答えになる場合もあります。

ブラウザ知識編

ソースだけでは見抜けない、ブラウザについての深い知識を必要とする問題です。
  • ページがフレームに分かれている。→それぞれのフレームと、それらを収めるページ全体は別々のページ扱いであり、ソースも独立している。右クリックからソースを表示するとフレームごとのソース、Ctrl+Uやメニューバーから表示すると全体のソースが見れる。
  • ページがフレームに分かれていて、なおかつ右クリック禁止。→全体のソースを表示すると、個別のフレームのURLが書いてある。それをアドレスバーに入力するとフレーム個別のページに行けるので、改めてCtrl+Uやメニューバーからソースを見ればよい。
  • ページ内にゼロ幅のフレームが隠れている。→ページのアドレスとソースのアドレスが違うのでわかる。全体のソースを確認するとゼロ幅フレームのURLがわかるので、アドレスバーに直接入力すればよい
  • ページを開いた瞬間に別のページに変わり、ブラウザバックでも元のページが出てこない→<meta http-equiv="refresh">というタグを使った技。元のページは履歴に残っており、もう一度開くことができる。開いた瞬間にEscキーを押すことでページ遷移を止め、ゆっくりソースを見ればよい
  • どう考えても正解ページが見当たらず、ヒントもキーワードもない→もしかしたらディレクトリを覗く問題かも。以下の説明を参照。
    たとえば「http://fc2.com/」を開いてみてください。これはFC2のトップページですが、実はこのページの正体は、「http://fc2.com/index.html」という別のURLのページなのです。
    このように、スラッシュ(/)で終わるURLを入力すると、ブラウザは勝手に「index.html」または「index.htm」というページを探してきて表示します。では、もしそのどちらのページも存在しなければどうなるでしょうか?
    サイト側の設定によりますが、そのスラッシュ(/)以下に存在する全てのページを一覧にしたものが表示されることがあります。
    (ブログ全盛期のこのご時勢、そのような画面はまず見ることが出来ません。このページあたりを見ると雰囲気がつかめると思います。)
    この一覧画面を覗かせることが前提の問題が、稀にあります。

ファイル操作編

問題によっては、何らかのファイルをDLして解くものもあります。
以下の場合が挙げられるでしょう。
  • ページ内に画像が貼ってある。
  • ページの背景に画像ファイルが指定してある。
  • ソースのヘッダ部分において、<link rel="stylesheet" type="text/css" href="~~">のタグでCSSファイルを参照している。
  • ソースのヘッダ部分において、<script type="text/javascript" src="~~">のタグでJavaScriptファイルを参照している。
  • ページ内もしくはソースにおいて、何らかのファイルをDLするように指示している。もしくは暗号やキーワードなどでそれを示唆している。
このような場合は迷わずそれらのファイルをDLしましょう。
DLしたファイルの形式によって、対処は違います。
  • テキストファイル(.txt)、CSSファイル(.css)、JavaScriptファイル(.js)
    • メモ帳などで開き、中身を読む。
    • CSSやJavaScriptの場合、おかしい箇所を完全に見抜くにはそれぞれの知識が必要。が、大概はコメント形式でキーワードが書いてある。
  • ZIP形式やLZH形式などの圧縮ファイル
    • ZIP形式なら標準のWindowsで解凍可能。
    • それ以外の基本的な圧縮形式ならLhaplusでOK。それ以上にマイナーな形式はツール編で述べる。
    • ZIPファイルにはパスワードがついている場合があって、その時はどこかに隠されているパスワードを見つける必要がある。
  • 画像ファイル(.bmp、.jpg、.gif、.png)
    • 画像に何か書いてある場合が多い。すごい小さい文字のこともある。
    • 黒一色や白一色に見えて、視認できないほどかすかに違う色で何かが書かれていることもあるが、この場合はペイントで塗りつぶしてやればくっきり見える。
    • アニメーションGIFの2コマ目に隠す、PNGなどで透過色を使って隠すといったパターンもあるが、GIMPなどの画像処理ソフトに読み込ませれば丸見え。

ツール編

何らかの特殊なソフトを使わなければ解けない問題を、「ツール系問題」と呼びます。
このような問題は、サイトのどこかに「ツールを使います」と注意書きしてある場合が多いです。
厳密には表ツールと裏ツール(UGツールとも言う)に分けられるようですが、それらの正確な境目がよくわからないため、今回は一緒にして扱います。
とりあえず、一通りのツール系問題を解くためには、以下のソフトをDLしてください。(これら以外でも同じ事ができれば問題ありませんが、いちおうオススメです)
  • Lhaplus:圧縮・解凍ソフト
  • LhaForge:圧縮・解凍ソフト
    • 上記2つでほぼ全ての形式をカバーできるはずです。Lhaplusは.yz1に対応しておらず、LhaForgeは.bhに対応していないためどちらか1つでは足りません。
  • GIMP:レイヤー機能付き画像編集ソフト
  • GMask:画像マスクソフト
  • Stirling:バイナリエディタ
  • 極窓:拡張子判別ソフト
  • JpegAnalyzer Plus:画像データのバイナリを分析するソフト
  • RarUty:らるち~。偽装解除ソフト
    • 同ページ内のJPZ.DLL:埋め込みJPGを解除するのに必要。DLしたらCドライブのWindows/System32内に入れておくだけでよい
  • PikaZip:ZIPファイルのパスワード総当りツール
    • メガ辞書:本家様は消えてますが、2016年3月現在、「PikaZip メガ辞書」でググッたら出てきます。再配布は禁止されていないとのことなので、アップローダにも上げときました(パスワードはhiddenpageです)
これらに加えて、必須では無いですが、IrvineのようなDL支援ツールを持っておくと便利です。
Irvineは画像などのURLを指定すると直接それをDLできるソフトで、主に次の使い道があります。
  • mp3などの自動再生されてしまうファイルを直接DLする
  • 連番指定で複数のファイルを一気にDLする
使い方はググって下さい。

さて、これらを使ってどのように問題を解いていくかを簡単に解説します。
怪しいブツを手に入れたら、次のことに気をつけましょう。
  • 正しく開けるかどうか。画像なのに表示できない、圧縮ファイルなのに解凍できないなどのエラーが出る場合は、拡張子が偽装されている可能性あり。「極窓」に突っ込んで拡張子を確定させる。元々拡張子が無い場合もこれでOK
    • 極窓でも「?」と表示されたら、Stirlingなどのバイナリエディタで開く。キャラクターセットを変えていくと何か文章が出るかも
  • 圧縮ファイルの場合はLhaplusかLhaForgeのどちらかで開く。パスワード付きZIPの扱いは以下のどちらか
    • パスワードがどこかに書いてある。ソースなど様々な場所を捜す
    • パスワードがどこにも書いておらず、クラック前提となっている。PikaZipを使うのだが、オプションを以下の通りに設定しよう。出てきたパスワードは別の箇所で使うかもしれないのでメモっておくこと
      ・「検索方法」タブ:辞書検索にチェック、全数検索のチェックを外す
      ・「文字」タブ:全て大文字&先頭の文字のみを選択
      ・「辞書」タブ:辞書追加でメガ辞書(megadic)を選択
      これで一度検索して、無理なら
      ・「検索方法」タブ:全数検索にチェック、辞書検索のチェックを外す
      ・「全数」タブ:長さを1~8程度にし、「数字」だけを選択
      これでも無理なら、クラック前提の問題ではないので大人しくパスワードを探すべし
ブツが画像ファイルの場合はさらにやることが多いです。
最低でも次のことを確かめましょう。
  • 画像そのものに何か書いていないか。
  • GIMPで開いても、変なレイヤーがないか。
  • 画像がマスクされていないか。マスクされていればモザイクのようにぐちゃぐちゃになるので、GMaskで各種マスクを試して綺麗な画像に戻そう。特に使われることが多いのがCPマスクで、解除するのにパスワードが要求される。これはクラックできないので色々な場所を探すべし
  • JpegAnalyzer Plusにかけて(画像ファイルならJPG以外でもOK)、異常な領域がないかを調べる。特にGIFのコメント領域と、JPGのEnd Of Image以降の領域は注意。End Of Image以降に謎のデータがあれば、以下のどちらか。
    • RarUtyで埋め込まれたファイルを取り出せる場合。パスワードが要求されることも多い
    • RarUtyで取り出せない、かつ同じように謎領域のある画像が複数ある場合。Stirlingなどのバイナリエディタで開いて、End Of Image以降のバイナリを全部新規ファイルにコピペし、繋ぎ合わせて一つのデータにする。(どこがEnd Of ImageなのかはJpegAnalyzerでわかる)
    どちらにしても新たなファイルが出てくるので、そいつについても最初から検証し直す。

以上です。今のところ、これ以上のスキルを要求されるパターンを見たことはありませんし、あったら私は解けません。
どちらかと言えば、これらをどう巧く組み合わせるか、というところで、難問が続々と生み出されています。
もちろん出題者様方は、より斬新な、ここにはない隠し方を発明してみるのも楽しいと思います。
皆様是非、素敵な隠しページ探しライフを。
whitetiger
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隠しページ探しにまたハマってしまった

隠しページ探しにまたハマってしまった。
だいたい5年に1回くらいのインターバルでハマっている気がする。


今、隠しページ界は完全に斜陽産業といっていい。
有名どころは次々と閉鎖し、新しく立ち上がったサイトもなかなか見つけられない。
新参が最初によりどころとするような、優秀な解説ページみたいなのも無くなってしまった。
リンク系の問題からソース系、ツール系と徐々に進化し、丁寧に基本を教えてくれるページが、確か3つくらいあったとは思うんだが、今見つかるのは1個だけ。しかも跡地であり、前より内容が減った気がする。

生き残っているいくつかのサイトも、完全に更新が止まっている。
今からそいつらを解こうとすると、上から下から沸きあがってくる広告に邪魔され、
ソースを見てもどっからが自動挿入の広告タグなのかわかりづらく、
JavaScriptはバージョンが違うのか何かで上手く機能しなかったりする。

さらに追い討ちをかけるように、「ツール系」問題で頻繁に使われていたJDAなどの偽装ツールがリンク切れ。
あのRarUtyですら跡地になり、更新・サポートが完全に止まっている状況である。
当時、ツールといえばこれとこれとこれみたいな共通認識があったから、だいたいどういう問題が出たらどのツールを使えばいい、みたいなのが固定されており、特定のツールを使わなければ解けないような問題も珍しくなかった。
それがリンク切れとなれば、当然、今から入った者は解けない。

さらにさらに、個人的にはこれが一番深刻だと思うのだが、管理人が定期的にBBSに張り付いてくれなくなった。
やる人がいないから、仕方が無いのだが。
個人的に、隠しページ探しは、掲示板でヒントをおねだりして、管理人や一足先に解けた上級者さんが「わかるのかわからないのか微妙なヒント」を小出しで教えてくれて、それとうんうん格闘しながらまたおねだりし、次のヒントを心待ちに眠れぬ夜を送る、というのが大きな醍醐味のひとつだと思っている。
今、それらの掲示板には変なダイヤモンドだかバイアグラだかの広告がたまに投稿されてるだけで、質問したところで1年くらい返事が無い可能性もある。

まあ、もう時代は終わったのかな、と思わなくもない。


10年前、最初にハマった時は、「隠しの館」だった。
単純にリンクを探すだけの問題から始まる、まさに初心者向きのサイトで、徐々に手が込んでいき、後半はソースを解析する本格っぽさにワクワクが止まらなかった。
今から思えば、あんなのは本格でもなんでもなかったんだけど。
確か10問クリアしたらレベル2があって、そこで止まったんだったかな。
ツール系の問題が出て、手が出なかったんだと思う。当時は学校のPCでやってたし。
ただ、私がHTMLの知識を覚えたのは、間違いなく「隠しの館」のおかげだった。

5年前は、急にその時のことを思い出して、自分のPCもあって、それで前より本格的にチャレンジしてやろうと思った。
だけど、「隠しの館」は無くなっていた。
(今見たら、同名の類似サイトがいっぱい発生している。その内1個はかなり本物の「隠しの館」に近いが、何故かボリュームが激減しておりレベル2もない。)
その代わりにいくつかの素晴らしい、本格的な隠しページ探しをみつける。
その時遊ばせてもらったサイトのいくつかは、サーッと見たところ、今でも残っている。
特に重要だったのが「隠しページ SuperLinks」というサイト(無断リンク歓迎ということで勝手にリンクさせてもらった)。今は更新が止まり遺跡となっている。
良質な隠しページ探しが色々紹介されていて、おまけに簡単な練習問題・解説もついていて、本当にいい勉強になった。
他にも似たような場所があったはずなのだが、忘れてしまった。
隠しの館を遥かに越えた難問の数々に苦戦させられながら、色々な知識を覚えた。
貪り食うように、色々な問題を解きまくり、そして唐突に飽きた。
解ける問題がワンパターンだったのと、そしてそれ以上に解けない問題が多すぎた。
未だこの時、ツールに手が出せなかったのだ。
ただ自分のPCでやってるだけあって、DLしてちょこっと弄ればいいだけの問題とか、文字コードを変えたりする問題は新たに解けるようになった。
バイナリエディタを使う問題も簡単なものなら何とか解けた。
間違いなく私のPC知識、検索能力、BBSのマナー、そして、各種暗号に対する耐性はこの時鍛えられたと思う。

そして今。
私はついにツールを使いこなすようになった。やってみれば、意外と簡単だった。
たぶん私自身のIT力が上がっているのだとも思うが。
いつも、隠しページ探しをするたびに、新たな発見があり、新たなPCスキルが身につく。これは本当に凄いことだと思う。
こんな凄い遊びが、他にあるか。
日本の全ての中学1年生に、隠しページ探しをさせたいくらいだ。


隠しページ探しは何故面白いのか。
色々考え付くことはあるが、一番は、「HTMLという既存の枠組みを借りている」ことにあると思う。
あらゆる遊びは、枠組みが必要で、その枠組みの複雑さに従って遊びの面白さが増していく。
ルール無用の玉蹴り合戦より、厳密に組織されたサッカーの方が深みがあるように。
その意味では、遊びを創作することは、枠組みを創作することでもある。
だが隠しページ探しの場合、最初からHTMLという枠組みがあり、あるいはネットという枠組みがあり、その中で元からあるルールの様々な裏をついて正解を隠蔽するゲームなのだ。

HTMLにしろネットにしろ、最初から「隠しページ探しをするため」に生み出された枠組みではない。
本来の用途のための、様々な仕組みが複雑に組み合わさって出来ている。
本来の用途のための機能があり、ルールがあり、制限がある。
だからこそ、「隠す」という作業も「見つける」という作業も、格段に難しく、幅広くなる。
たとえば推理小説の謎解きより、普通の青春小説の中で急に謎解きが出てくるほうが難しいのは、どこが謎に関係あるのかがまずわからないから。なんでもない会話に見せかけてヒントを隠すという手法がばれにくいから。
それと同じことが、隠しページ探しにも言える。

ツールを使う問題の場合は、少し面白みが変わってくる。
画像を落として、その中に隠蔽されている偽装ファイルをツールを使って取り出して……という作業は、それ単体では、謎解きとは到底言えない。
が、これ自体は作業として謎の面白さがある。
アングラ感というか、ITバリバリ感というか、全能感というか。
適切なツールを持っていない場合は検索してフリーソフトを入手するところから始まるのも、自分の能力が試されている感じがする。
取り出したファイルがまた改造されていたりして、再びツール選びから始まるのも不思議と面倒ではない。
状況に応じて最も適切なツールを選び使う、という一連の流れが、急に日曜大工に凝り出してしまうお父さんの感覚に似ているのかもしれない。
もちろん、偽装を解除するのにパスワードが必要だったりもするから、そこで謎解き要素は出せる。

最も面白いのはこれらが組み合わさったときだ。
最終的には次のページのURLを探すというだけなのに、ソースを捜せばいいのか、画像をツールにかければいいのか、はたまたCSSファイルやJavaScriptのソースを見ればいいのか、もう出来ることが山ほどある。
パスワード付きZIPがあったら、パスはどこかに書いてあるかもしれないし、ツールで総当りできるほど短いのかもしれない。
変な画像があれば、それはマスクされているのかもしれないし、透過かもしれないし、GIFなら2コマ目に答えがあるかもしれないし、ペイントで塗りつぶせば答えが出るタイプかもしれない。偽装された別の拡張子のファイルなのかもしれないし、バイナリを覗けば答えが書いてあるのかもしれないし、別のファイルが埋め込まれているのかもしれない。あるいは単に、画像の中に小さい文字で暗号が隠されているだけかもしれないし、ファイル名がヒントなだけかもしれない。

たとえば、あなたがとある問題ページのソースを見ると、怪しいJavaScriptファイルとCSSファイルが参照されていたとしよう。
JavaScriptのほうを覗けば、明らかにどこにも使われていない謎の関数がある。よく読むと、それは文字コードを使って特定の文字列を出力させるだけの関数のようだ。
そこでgoogleをフル活用してその文字コードを本来の文字列に直す。何らかの英単語が出てくる。
次にCSSを覗けば、コメントで「キーワード.zip」と書いてある。
そこであなたはひらめき、先ほどの英単語に.zipをつけてアドレスバーに入力、とあるZIPファイルを得る。
しかしそのZIPはパスワード付きだった。ソースには他に何のヒントもないので、総当りツールを使うと、4文字の簡単なパスワードだった。
中から出てきたのは暗号の書かれたテキストデータ。他に仕掛けはなく、自分の頭で暗号を解くようだ。
苦労して暗号を解いたらURLが出てくる。無事に進めた……と思ったら404ページ。しかし、そのページは実はダミーの404ページで、実は白背景ではなく真っ白な画像が背景に設定されていた。
そいつをDLして偽装解除ツールにかけてやると、それは埋め込みJPGだった。偽装解除するのにパスワードが必要だったが、先ほどのZIPファイルのパスワードを入れることで、解除できた。
出てきたのはCPマスクのかかった画像。CPマスクの解除にはパスワードが必要だが、正解は最初にJavaScriptから入手した英単語だった。
あなたは無事、次のURLの書かれた画像を手にし、次の問題に進むことができた。

とまあ、こんな具合に、リアル脱出ゲーム的な面白さも有してくるのである。


どうして隠しページ探しは斜陽になってしまったのか。
単にブームが終わっただけなのだろうけど、いちおう以下のような理由が挙げられるかもしれない。

・ブログの台頭。
個人ページそのものがなりを潜めてしまい、どんなページを作るにもブログ、の時代が来てしまった。
ブログで隠しページ探し、出来ないことはなかろうが、相当できることは少なそうだ。

・HTML手打ち文化の衰退。
上とも関連するが、HTMLを自分で作ってアップして……という文化がそもそもないから、HTMLに理解のある人が減ってきた。
ありえないタグを作ってそこに正解を隠す、とか。HTMLを知らないと見抜けない。
あと、タグよりもスタイルシート方式でページを装飾しなさい、という風潮が推し進められてきたことも逆風だろう。

・ネット全体のクリーン化。
隠しページってけっこうアングラな所から発生したものだ。
そもそもは、個人サイトに裏入り口とかを隠してたのが始まりだし、偽装ツールとかも、違法なファイルの受け渡しで使われてきたところがある。
ネットが一般大衆のものになるにつれ、ネットそのものがアングラだった雰囲気は完全に薄れた。それで裏入り口文化もなくなるし、偽装ツールもリンク切れになるし、隠しページ探しを作る土壌がまったくない。

・無料で遊べるコンテンツの充実。
そもそもネットで遊びたければ、フリゲーもあるしブラウザゲーもあるし、Web漫画にWeb小説、まとめサイトにSNSなどなんでもやることがある。
わざわざ隠しページ探しなんてしなくても楽しめるっていうのは大きいと思う。
10年前にハマった時は、適当に楽しめるコンテンツが隠しページ探しかおもしろフラッシュくらいしかなかった。当時2ちゃんは怖かったし。


そんなわけで退廃の一途を辿っている隠しページ探しであるが、今こそ、皆隠しページ探しを楽しむべき!と私は思う。
理由は以下だ。

・ネットと現実との距離が縮まった。
今のみんなは昔よりネットに慣れ親しんでいる。うまく導入できれば昔より客層は増えるはず!
以前twitterであった「ネットプリント」を利用した宝探しのように、斬新な謎解きだってできるかもしれない。

・リアル脱出ゲームの流行。
似てる!似てる!

・過去ログの充実。
確かに更新の止まった掲示板に今質問しても、ヒントをくれることはないだろう。
でも、その代わりに、管理人が過去ログをまとめてくれているところが多い。
先人達が積み上げてきた無数の質問、それに対する微妙なヒントがいくらでも埋まっている。
そいつを発掘しながら進むのもまた醍醐味ではないか!

・今ならではの新しい隠し方。
隠しページ探しは、既存の枠組みを利用してかくれんぼをするゲーム。
今ならブログにtwitter、FacebookにMixiと新たな枠組みがむしろ増えていると捉えればいい。
Youtubeに投稿して動画の中にヒントを隠すとか、ちょっとしたブラウザゲーを作ってその中で特定の行動をさせるとか、読書メーターの本棚に暗号を忍ばせるとか!
脱出ゲームやらのノウハウが蓄積しているおかげで、そういったことはいくらでもできる。
てか、むしろやりたいので、是非作ってください!

・いまだに更新している隠しページ探し。
がんばって探せば、なんと最終更新2015年とかの隠しページ探しも見つかる。
それも結構本格派のものだ。
私もそれにチャレンジしていくつもりだが、この際、皆もここから初めてみませんか?
一緒に掲示板でヒントを出し合ったりしようぜ!


さて、だいぶ熱くなってしまったが、とにかく私は今でも隠しページ探しが好きだ。
これからハマる人のために、今でも使えるツールとか、基本的な知識をまとめてこのブログにあげたいと思っている。
いつになるかはわからないが、必ず上げるので、ぜひそれを読みながら隠しページの世界に足を突っ込んで欲しい。
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